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刑事さん、手を止めて……少し考えてみてください。
これは哲学的な問いです。
例えばこの世に「醜い悪魔」と「うつくしい悪魔」がいたとすればーーどちらの方がより恐ろしく、人間に害をなすのでしょうか?
……とつぜん何を訊くんだと、ふしぎな顔をされていますね。
でも、大事な話なのです。
「善悪」と「美醜」というテーマは、この長い昔話がいよいよ終わりに差し掛かかろうとする今、是非とも押さえておくべきです。
わたしの持論を申し上げれば、まず当然ーー醜い悪魔は残酷です。醜い悪魔は愛を知らず、込み上げる暗い嫉妬心から、この世に生きるうつくしい者や善き者を奈落に引き入れます。
ですが、もしその悪魔に稀なる美貌が備わっていたとすれば、「彼女」はわざわざそのような真似を自分からしなくてもよいのです。
人間は、時として。それが「悪」だとわかっていても、価値判断の基準を相手の「美醜」に左右されてしまいます。
(正しいものはうつくしく、うつくしいものは正しいはずだ)
うつくしい悪魔の恐ろしさは、自分の美貌に寄りつく者を、特に労せず手中に収めて騙してしまえる特権にありーー人が悪魔のことを自ら望んで信じ込もうとするため、それは非情に容易いのです。
悪魔の罠に掛かる人間は、悪魔が選ぶのではありません。その人が悪魔を選ぶのです。
……哀れなすずの兵隊は、うつくしいバレリーナへの愛のためにその身を滅ぼしました。
びっくり箱の醜い悪魔が彼を家から放逐したのはただの「きっかけ」に過ぎません。彼がバレリーナを諦めて、元の家にさえ戻らなければ、炎に焼かれることはなかった……。
鏡子の元を去ったわたしが、再び彼女の側に戻って来たのも同じ原理なのです。
わたしや黒部先生や、歩やそのほかの者にとって、鏡子はうつくしい悪魔であり、かけがえのない存在でした。
今だからこそ、わかります。
彼女を悪魔に変えたのは、わたしたちの愛だったのです。
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