*****(伏せ字)

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高校を卒業した鏡子は、女子大生になりました。 進路は母校の附属大学にエスカレーター式の進学です。 (鏡子は外部受験するには、成績が足りなかったようです) 合わせてわたしは意を決し、彼女と同じ大学の学部に進学先を変えました。 (そのため両親に頭を下げ、高い塾代を払ってもらったことを心から詫びました) 当時のわたしの学力ならば、もう少し高いレベルの大学を目指すこともできたのですが、鏡子の側にいられれば、わたしはそれでよかったのです。 バレエのしがらみから放たれて、鏡子は自由に羽ばたきました。 下宿を借りての一人暮らし。黒部先生の秘密のお金が生活を後押ししていました。 彼女が身につける物はいつも、周りの平凡な大学生が背伸びして買った物より高く、品のいい物ばかりでした。 鏡子につられてわたしも化粧を覚えるなどして楽しんで、最初の内は人生の春が来たかのような気分でしたが。 変化はじきに起こりました。わたしが秘かに予感して、怖れていた通りのことが。 うつくしい鏡子の周辺に、有象無象の男の影が、次第にちらつきだしたのです。 高校を出るということは、世間一般的には大人の仲間入りということになります。 交友関係や生活圏が一気に慌ただしく広がって、わたしはそれまでいた空間が、鳥かごのように狭く守られたものであったと知らされました。 鏡子とふたりで店に行っても、大学内を歩いていても、いつも知らない男子グループが鏡子に声を掛けてきました。 「いいよ、佳子。先に行ってて」 先にも申し上げた通り、鏡子のセクシュアリティは根っからのレズビアンではありません。肉体的には不感症でも、異性に対する性的興味は人並み以上にあるようでした。 「鏡子は遊び回っている」 「男をとっかえひっかえしてる」 ふとした折に耳にした、信じられない噂を知ってーーわたしは気も狂わんばかりの猜疑心に囚われました。 鏡子に訊いてもはぐらかされて、まともに相手をしてくれません。 それどころか。彼女は何を思ったのか、以後はわたしに男子との仲を見せつけるようになったのでした。 親友を疑い続けながら、二十歳になった年のこと。 ついにわたしは覚悟を決めて、「鏡子を抱いた」と広める男と初めて一夜をともにしました。 ……自分で決めたこととはいえ、思い出しても戦慄します。 汚れた男のワンルーム。昂奮した汗と皮脂のにおい。のしかかってくる体の重さ、内臓を抉られるかのような、あの異物感と破瓜の痛み。 男の手に弄ばれながら、わたしは苦しい暗闇の中、鏡子のことを想っていました。 ですが、どうしたことでしょう。 行為が終わった隙を見て、鏡子のことを訊ねてみればーー「あれは嘘だ」と白状されて。わたしは驚くやら虚しいやら拍子抜けしてしまいました。 誤解なきよう申し上げれば、わたしにとって、処女喪失の痛みなど、その程度の価値しかありません。 その後もわたしは誘われるがまま複数人の男を試し、行為の後に嘘を問い詰め、徐々に確証を掴みました。 鏡子が遊んでいるなんて、まったく根も葉もない嘘でした。 (いったいだれがそんな噂を、なんのために流したのでしょうか?) そして気づけばわたし自身が、かつて鏡子が受けた汚名をそのまま引き継いでいたのでした。 それでもわたしは平気でした。 ーーその真実を、知るまでは。 「噂はやっぱり本当だった。『鏡子と寝た』と言えばあんたがあっさり股を開くって」 ある時、ベッドの上でひとりの男がついに暴露しました。 その噂を流した犯人の、名前を彼は言いました。 「新谷鏡子がそう言っていた」 わたしはわっと泣きました。 (男が嘘を言っている) とっさにそうも考えましたが、涙は止まりませんでした。 わたし自身も何となく、うっすら気づいていたからでしょう。 ……もしもそれが真相だとすれば、鏡子はなんの恨みがあって、わたしにそんなことをしたのか。 未だにわたしにはわかりません。鏡子はわたしの親友で、わたしのことをずっと大事に思ってくれているはずでした。 (きっと鏡子はわたしのために、人並みに男と触れる機会をお膳立てしてくれたのだ) 馬鹿らしい、言い訳です。 つまらない、思い込みです。 すべての男と手を切って、もつれた人間関係の糸を再び正したつもりでしたが、わたしの負った心の傷は、容易には癒えませんでした。 けれど鏡子を問い詰めて、彼女の口からわたしに向けて、こんな言葉が飛び出したなら。 (あなたが邪魔になってきたのよ) それこそわたしはもう二度と、立ち直れなくなっていたから。 わたしは涙を封印し、その後も何も知らなかったような顔で彼女の側にいました。 もしもわたしが訊ねていれば、彼女はなんと答えたのでしょう。 ……あるいはこんなことを言ったかも。 幼少期から変わらぬ蛾眉を、わたしにくいと上げながら。 「でも、気持ちよかったでしょう?」 ーーすごく気持ちよかったでしょう? *
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