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……ですが、そうなってくると鏡子にとって最も面倒なのは、黒部先生の存在でした。
出資を受けるためとはいえ、毎月決まって先生の元にだらだら通い続けていれば、折口と逢い引きする時間まで削ることになりかねません。
もうこの頃になると鏡子の中に先生の価値などなく、10年近く続いた絆はすでに期限の切れた忌まわしき過去の遺物となっていました。
苛立つ気持ちに急かされたのか、鏡子は手荒な真似にでました。
先生はどうせ奴隷なのです。一方的に難癖をつけ、口論になれば別れ話にすり替えて冷たく捨てればいい。
そんな風に高をくくって、大きな間違いを犯しました。
……あの時、せめてわたしにひと言、相談をしてくれていたなら。
あんなに酷い事態にならずに今に至れたのかもしれません。
しかし、悲劇は起こりました。
鏡子の甘い見通しに反し、黒部先生は強情で、あのかわいそうな「歩」のようにはすんなり引き下がりませんでした。諦めをつけてしまうには、先生はあまりに多くのものを鏡子に捧げてきたのでした。
どうして先生があんな手段に出るほど追い詰められていたのか。鏡子にはわからなかったでしょう。
それも、仕方ありません。
「人の執念」というものは、それまで彼女の人生にとってまったく無縁なものでした。
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