*****(伏せ字)

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刑事さんは、もう何枚も、写真をご覧になられたでしょうが。 新谷鏡子は幼少期から、それはうつくしい娘でした。 同性のわたしですら思わず見とれてしまうその美貌は、彼女が神に愛されている、何よりの証拠だと言えました。 豊かに流れる黒髪と、透けるほど白くきめやかな肌。虹彩の色がやや薄く、それが光の加減できらりと様変わりして見える瞳は、口数少ない鏡子の心をうかがい知れる窓のようでした。 言うなれば、鏡子は太陽の如くまばゆい笑顔を見せる美女というよりは、月光のうつくしさに類する神秘性を持った女性でした。 色黒で不器量なわたしは、そんな鏡子の美に魅せられて、憧れて、陶酔しました。 じつを申せば年少の頃、周囲の者がわたしと鏡子の扱いに「差」を付けていることに、分不相応なひがみ根性を起こした時期もありましたがーーどんなに無視しようと努めても、わたしの意識はすぐに鏡子の方ばかり向いてしまうのでした。 世に美人は数多くいますが、たとえば有名女優にせよ、人の興味を惹き付けるのは、美麗に整った容姿の中にどこかひとつ、かすかな違和感、「歪み」を含む者と聞きます。 鏡子にとってのそれはまさしく、特徴的な「眉」でした。 古来中国の詩人たちは、美女の細くうつくしい眉毛を「蛾の触角」に喩えたようで、「蛾眉」という言葉を辞書で初めて目にした時の納得は、わたしにため息をつかせました。 うっすらと線を引くような、弓なりになった高い眉毛は、ある種のふしぎな気の緩み、親しみ安さを感じさせます。それがなければ鏡子の顔は、すました冷たい印象だけになっていたのかもしれません。 そうした美女は嫌われます。 (あれはお高くとまっている) (顔は美人でも愛嬌がない) 出る杭は打たれるというさだめ。秀でた容姿はなにかにつけて、嫉妬やっかみの対象になり、些細な落ち度が女子の間でいじめを生む原因になります。 いじめを避けるという点で、蛾眉の鏡子はしたたかでした。 いじめを受ける隙を与えず、誰かへのいじめには荷担せず、決して関わり合いを持たない。 いじめの現場に立ち会わせると、あの神秘的な眉にかすかな憐憫の情を漂わせ、目立たぬように遠巻きに、じっと見つめているのでした。 刑事さんもご存じの通り、非力な女子という生き物は、最低三人集まれば、派閥(グループ)を作りたがります。 だれだれちゃんはどこのグループ。だれだれちゃんは別のグループ。あのグループとあのグループは、水面下では仲がわるい。 もちろんここで言うグループは、単なる遊び仲間にあらずーー所属はすなわち学校社会における自分の「地位」と「安全」を保障してくれる網でした。グループ内外に常に漂う緊張感の機微たるや、同年代の男子たちには到底感じ取れぬものでしょう。 鏡子は群れたがらない気質で、同調の和を疎みましたが、八方美人と呼ばれぬために、立ち振る舞いには気を揉みました。 ーーどこのグループにも属さずに、それでいて孤立してもいない。 そうです。鏡子はそのために、いつもわたしのそばにいました。わたしをそばに置いていました。 本来ならば釣り合わない、美女と醜女の組み合わせ。鏡子の隣にいる限り、わたしは常に引き立て役の、お道化になる運命でしたが、彼女に選ばれたという名誉がわたしを奮い立たせました。 どちらかがもし、裏切れば。人生の早い段階で、絆は破綻していたでしょう。 けれど鏡子はわたしを信じ、わたしのことを特別視して、彼女のいっとう大事な「秘密」をわたしと共有してくれました。 *
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