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2話 寝過ごし
都会から、このS県に引っ越してきたのは3ヶ月前だ。
東京で保険の営業マンとしてそこそこ売上をあげていた井口だが、転勤先のS県のY事業所は随分と田舎で、随分と苦戦をしていた。
先ず、田舎の営業は人脈と信頼が全てだ。
余所者の自分では先ず彼等と信頼関係を結ぶ事が要だった。
そんな訳で早い時間から交流と言う名の事業所の飲み会に参加をして今日は随分と、地酒を飲んでしまった。
ヨロヨロと千鳥足で、バス停に向かう畦道(あぜみち)を歩いていた。
腕時計を見ると時刻は18時。
まだ最終には間に合う。
何とかベンチに座ると、隣は女子高生二人が楽しそうに話をしていた。
酒のせいか腰を落とした瞬間に強烈な睡魔が襲ってきた。
「もし」
耳元で声がしたような気がして目を開けると、辺りは真っ暗だった。
遠くに頼りない該当と、バス停のチカチカと点滅する小さな電球が光源の全てだった。
慌てて腕時計を見ると時間は夜中の2時を過ぎていた。
「もし」
先程の耳元で聞こえた声に反応して、ハッと横を見ると喪服の女が座っていた。
三十路くらいだろうか、顔は何故か影が落ちはっきりと見えない。
こんな夜中に不気味な女だと思ったが、何処かで通夜があり何らかの事情で彼女も乗り過ごしたのだろうか。
「どう…されましたか…?」
「もし、もし、もし、もし、もし」
喪服の女は壊れた人形のように繰り返すと此方を見た。
その顔は黒く渦を巻くように蠢いていたが徐々にはっきりと井口の目で確認できるようになると、大きく左右のパーツが歪んで形成され完成された。
それまるで横から斜めに強い力で引っ張られたようだった。
井口は悲鳴をあげ、畦道を全速力で走り抜けた。
寝過ごし/終
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