タイムマシンは動かない

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試作二号機が消えた空間に真空が生じ、周囲の空気が一気に押し寄せる。 渦巻く風の音が止むと、絵麻は深々と溜息を吐いた。 固唾を飲んで見守っていた真琴が飛びついてくる。 「おめでとう、会馬。ついに復讐を果たしたのね。私たちから親や兄弟、恋人、おおぜいの愛する人々を奪ったあの男に……」 続く言葉は、嗚咽に飲まれて聞き取れなかった。 会馬は真琴をきつく抱きしめると、研究室に突入してきた青年将校に声をかけた。 「もう大丈夫です。独裁者は1年前のこの場所へ、旅立ちました」 20代後半と思われる将校は、会馬博士に詰め寄った。 「なんて事をしてくれたのですか、博士。あなたのせいで、せっかく成し遂げたクーデターが台無しだ。1年も過去に戻られては、計画前の段階で潰されてしまう」 「あの男には何も出来ませんよ。1年前に死にましたから」 「そんな事はない。つい先程までここに居たじゃありませんか」 「太陽系はおよそ秒速240キロメートルで宇宙空間を移動しています。今から約3分前にあの男のいた場所ですが、1年前は真空の宇宙でした。その時点の地球は、現在位置よりも76億キロの後方にあったのです」 「おっしゃる意味が、よく分かりませんが……」 青年将校は目を白黒させている。 「あの男は1年前に戻り、宇宙空間を漂う時間移動機の中で、孤独に死にました。今から数分前に試作機ごと地球の大気圏に突入して、火葬も済んだはずです」 「でも博士、確証はありますか。独裁者が死んだ証拠です」 「1年前、研究所のアンテナが、繰り返し放送されている私あてのメッセージを受信しました。私たちはそれが未来において完成した、当時は開発中の時間移動機が発信しているものだと気付いたのです。暗号化されたデータを解析すると、『今日』の午前11時から試作2号機搭載のマイクが録音した24時間分の音声でした。後ほど音声記録を提出します。今日という未来に何が起こるか、私たちは1年も前に知っていたのですよ」 青年将校は、思わずつばを飲み込んだ。 「それでも博士、よく冷静でいられましたね」 「結果は知っていましたから。ほんとうに大変だったのは、間違えずに台詞を言うことと、なにより笑いを堪えることでしたよ」 真琴の肩を抱いたまま、会馬は20年ぶりの笑顔を見せた。 (了)
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