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会馬が研究室の中央に目を向けると、ちょうど真琴が時間移動機の調整を終了したところだった。
「準備が済みました。ところで閣下、何時の過去に送ればよろしいのでしょう」
「そうだな、20年前の『建国の日』など、どうだろう。わしが英雄的活躍をして……」
「無理です」
会馬は男の自慢話を途中でさえぎった。
昨夜までならば、それだけで銃殺に値する暴挙である。
「閣下はインフラ整備や学術研究よりも、軍事に力と金を注いできました。ここに供給されている電力量では、1年以上の過去または未来への移動は実行不可能です」
「ならば1年前だ。準備の時間は多いほどいいからな」
男は無礼を咎めなかった。
傲岸不遜だった独裁者も、失脚して気弱になっているのかもしれない。
会馬はキーボードに指を走らせ、時間移動機の目標時刻をセットした。
ちょうど1年前の日付、午前10時0分0秒が機内のパネルに表示される。
男は数字を見て満足げにうなずいた。
だが不安を感じたのか、急に目をしばたたかせた。
「ひとつ気になるのだが……、映画などであるだろう? 時間旅行で過去に影響を与え、本来起こらなかった出来事が起きる……」
「因果律の矛盾、タイムパラドックスのことをおっしゃりたいのですね。ご安心ください。決してそのようなことは起きません」
「なぜだ、説明しろ」
「閣下にご理解いただけるように説明する時間はございません」
返事を聞くなり、男は目を血走らせ、会馬のあご下に銃口をぐりぐりと捻りあてた。
真琴が短い悲鳴を上げる。
「わしを馬鹿にするなよ、女」
会馬は勇敢にも、男を睨み返した。
あごが上っているので、見下すような格好になる。
男が今にも銃の引き金を引くと思われた刹那、研究室のドアが激しく叩かれた。
次の瞬間、男は時間移動機に飛び乗った。すぐそばにいた真琴に銃口を向ける。
「どうやって操作するのだ、教えろ」
真琴は無言で、座席の前にある、ただひとつのボタンを指さした。
「閣下、誰でも操作できるように、いたって簡単に作ってありますよ」
会馬の口調は男をあざけり笑うかのようだった。
「博士、今は約束を守って銃殺刑にはせん。だが過去のお前に償いをさせてやる」
「どうぞ、ご自由に」
会馬の言葉が終わるや否や、ドアが破られ、軍服を着た男たちが部屋になだれ込んできた。
次の瞬間、男は時間移動機に飛び乗り、ハッチを下ろした。操作パネルにある、ただ一つのボタンに指を置く。
「絵麻博士、今は約束を守って銃殺刑にはせん。だが過去のお前に償いをさせてやる」
「どうぞ、ご自由に」
絵麻の言葉が終わるや否や、ドアが破られ、軍服を着た男たちが部屋になだれ込んできた。
元独裁者がボタンを押す。機体内部から生じた低い唸りが、周囲の空気を震わせる。
時間移動機は地球上から姿を消した。
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