第二章 誘いの鏡

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 黄色い、そこに天色のグラデーションがかかる煉瓦の家々が、王国の忠実な兵隊たちの如く王族が歩む道を開けている。  下りの坂道からは、星の砂を混ぜたように輝く紺碧の海が見下ろせた。町に住む人々の肌を撫ぜるすずやかな海風は、時折立ち寄る旅人たちをも、美しい町の恋人として悪戯に虜にしていた。  塩の匂いに混じる甘く華やかな花の香りは、地上の国ではこの町にしか咲かない小さな白い花から運ばれていた。町の至る所に集って足元に咲く花は、妖精の恋人とも呼ばれ、人間だけでなく気まぐれな妖精たちをもその香りで惑わしていた。 「綺麗な町……」  恍惚とした表情で、一人の女が優雅な黄色いワンピースを踊らせる。人通りの少ない坂道で、彼女のウェーブがかりの長い髪と風が遊んでいた。  彼女が家の影が落ちる場所に立ち止まった途端、誰かを誘うような彼女の桃色の瞳が、真っ赤になって強いハイライトが施される。 「さあ、おいで」  女の声に答えるように、一人の娘が現れる。女の前に立ちつくす娘は、ブラウンの肩まで伸びるくせっ毛を風に揺らし、草原を思わせる瞳に女の姿をだけを映してしまう。 「フィーネ様、お呼びでしょうか」 「いい子ね。私の恋人。私の願いを聞いて。さあ、もっと私の恋人を増やすのよ。私が満足するまで、もっともっと増やすの」  女の言葉を皮切りに、家々の影から、生気を失った町の人々が姿を現す。彼らは女の姿しか瞳に映さずに、女の周りを囲むように集まりだした。 「あなたも、あなたも、あなたも、私の恋人。ふふふ、ふふふ、さあもっと連れて来て、私を愛してくれる恋人たちを」  揺らぐ海に、町の人々は目もくれずにふたたび姿をくらました。婉然たるさまの女に逆らう恋人は、もうこの町には誰もいなかった。  これからやって来る、哀れな旅人以外には。
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