第二章 誘いの鏡

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 さわがしい足音が穏やかな波音を打ち消す。赤いはねっ毛のツインテールの少女が軽やかな足取りで砂浜を駆け、その後ろでひょろりとした細身の男と大柄な男がさらさらとした砂浜を蹴散らしていた。 「待ってくれよシア!」 「ぼくたちを置いていかないで〜」 「おっそーい! 二人共、置いてくよ! 早くしないと妖精がいなくなっちゃうでしょ!」  シアと呼ばれた少女は二人の男を急かしながら走っていたが、何かに惹かれたようにブラウンの瞳を瞬かせ足を止めた。急に立ち止まったシアに驚き、背後を走っていた男たちは重なり合って砂浜に沈む。 「い、いきなり立ち止まるな!」 「いてー! どうしたんだよ〜」  二人の男の声にシアの反応はない。ただ、じーと、海岸近くの小さな洞窟にシアの目は釘付けになっていた。 「何て美しいの……」 「何て美しいの……何がだ!」 「何だって? 美しいって何が……」 「うっさい! ハンプ、ダンプ、あんたたちは黙ってて!」  シアは恐ろしい獣の如き形相で大柄なハンプと小柄なダンプを威嚇する。ハンプとダンプは怯えて縮こまった。 「見なさい、妖精よ……! きっと本物の!」 「ほんとか〜?」 「本当よ! あたしの勘がそう言ってる! あたしの妖精を見る目も本物だって知ってるでしょ!」  薄暗い洞窟の中で、艶やかな長い黒髪が揺れている。夜空色のマントを纏う美しい青年からシアは目が離せないでいた。 「あんな美しい人、見たことない。人間じゃない。きっとあたしたちが求めていた真の妖精よ」 「妖精! つかまえるぞ!」 「シア! つかまえろ!」 「あたしに指図するなー!」  青年に気づかれぬよう小声で、しかし興奮気味に言うハンプとダンプを睨み、シアは ツインテールをかき上げながら得意げに青年の元へと近づいていく。 「これだな……」  青年が呟きながら砂浜の上から何かを拾う仕草さえ、シアを魅了する。ついうっとりと見つめてしまう己を目覚めさせるため、シアは両頬を叩いて気合いを入れた。 「誰だ」  青年が振り向いた時、シアはその黄金の瞳に吸い込まれそうになった。人間の瞳とは違う、明らかにこの地上の国では見たことがない煌めきを持つ瞳。 「綺麗……」 「何……?」  跪いたシアに、青年、ルシフェルは僅かに呆気に取られる。 「あたしはあなたの敵ではありません! 我が名はシア。妖精であるあなたに会いに来たのです!」 「妖精? 私は妖精ではないがな」 「ええっ、でもあたしの勘が言うのです! あなたこそが真の妖精だと!」 「悪いが、急いでいるんでな」  ルシフェルは慌てふためくシアの横を通り洞窟の外へと砂浜をふみしめる。 「ま、待ってください! お名前、お名前だけでも」 「ルシフェルだ」  ルシフェルの姿が遠くなり、シアはぼおっと美しい青年の後ろ姿を見つめる。 「おーい! シア!」 「妖精行っちまったぞ!」  うるさいぐらいに砂浜をどしどしと駆けてくるハンプとダンプの姿に、シアは一度現実に引き戻されるが、再び夢の世界へと意識が飛んでいく。 「いいの。きっとまた会える。……ルシフェルさま、なんて素敵な方……」 「あーだめだなこれ」 「シア、このまましばらく戻ってこないね兄さん……」  再び自分だけの世界に旅立ってしまったシアに、ハンプとダンプは呆れて首をすくめた。
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