第三章 鏡の国の鏡

4/13
前へ
/183ページ
次へ
 オーダー票に書きかけた文字が不格好に歪む。彼が本当にルシフェルが言っていた屋敷の穢れた妖精だとしたら、接触してきたのはアリスが穢れた妖精を浄化していると分かっていたのか。アリスは不可解な男に眉根を寄せた。 「アリス、早速屋敷の主の妖精の罠にかかったか?」  両手にたくさんの食器を積み上げたルシフェルがアリスの横を通りがかり意地悪くほくそ笑む。可憐な少女の歪む顔にアリスは顔をしかめて、ルシフェルを睨んだ。 「わざわざ招待してもらったよ。お前もちゃんと来るんだぞ」  ルシフェルのもちろんだと笑う声が遠ざかり、アリスは男がいたテーブルを次の客のために整える。 「アリス、ちょっといいかい」  閉店後、ロベルタがアリスを手招く。帰り支度をした女性たちの行く方向に抗い、制服から着替え終えていたアリスはロベルタの元へ向かった。 「あんた、旅人だったよね? この街に大きな屋敷があるだろう? あそこには近づいちゃだめだよ。何も知らないで近づいた旅人の心を、そこに住みつく妖精が食っちまうんだから。あんたも気をつけるんだよ」  まさに今夜乗り込もうとしている場所のことだ。けれど、ロベルタの心配してくれる気持ちが嬉しくで、アリスは複雑な心持ちではにかんだ。 「ああ、気をつけるよ」 「未だに、ただの噂だって言ってる奴らもいるけど、あたしはそうは思えない。実際、他の街では妖精に心を食われてる人たちがいっぱいいるんだ」  ロベルタは遠くを見る瞳で、寂しげに呟く。  先程の怪しい男。奴がもし本当に屋敷の妖精であるのなら、人の心を何も思わぬ原因の穢れを、人の悲しみをさらに押し潰してしまう心を、すぐに浄化しなければならないと、アリスは心に誓った。  
/183ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加