第五章 妖精騎士の鏡

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「おい、やめろ!」  深紅の部屋で胸に剣が突き刺さったまま、捨てられた人形のように転がっていたアリスは、凍った鏡越しに見える深紅の瞳の自分の姿に声を上げた。 「どうにかしねー……と……っ」  動けない。胸に突き刺さる剣は、痛みではなく穢れがアリスを抑え込むかのような強い力を発していた。鏡越しに、己を取り戻したルシフェルやレイシーの姿も見える。アリスはルシフェルの穢れである反転世界の王が、アリスの穢れである、深紅の瞳のアリスに消されたことを感じとっていた。 「やっと完璧な器になれるぞ、アリス」  鏡の向こうにいるはずの深紅のアリスの声が聞こえてくる。アリスは胸に刺さる剣を抑えながら耳をすました。 「完璧な器になれば強い力を手に入れることが出来る。大事な存在を守る力だ。お前もそれを手に入れることを望んでいるはずだ」  守る力。アリスは深紅のアリスが言うその言葉にズレを感じて顔を顰める。 「妖精騎士には守る力が必要だ。お前は生まれた大昔から、それを求めていたはずだ。妖精王を、妖精たちを守る力をな。  お前が穢れた妖精たちを浄化する中で、俺はお前の心の中で生まれた。反転世界の王が(おれたち)を手にし、全ての心を(おれたち)におさめる時を見計らっていたのさ……先程お前と出会った時は反転世界の王の目があったからな。(おれたち)や妖精の丘が奴のものになるなど言いたくもないデタラメを言ったが……」  深紅のアリスは消えた反転世界の王を嘲笑しながら指を鳴らした。すると、深紅の部屋にかつて反転世界の王が使っていたことがあった屈強な男の姿が現れる。同時に、アリスの胸に刺さる剣と、身体を押さえつける重みが消え去った。 「俺はこれから地上の国へ向かう。アリスはその間退屈だろうからな、相手をしてやれ」 「おいっ、話はまだ……!」  深紅のアリスの言葉が途切れ、もう会話を交わすことが出来ないと分かると、アリスは目の前の屈強な男を見上げた。鋭く光る黒い目が黙ったままアリスを見下ろし、アリスも遠くに落ちている浄化の剣を気にしつつも、男から目を離さない。 「やっだーん! そんな怖い目でアタシのことみないでちょうだーい!」 「……は?」  男は握ったごつごつとした両の拳を顎に近づけ、片足を上げながら首をブンブンと横に振りだす。男の思いがけない行動に、アリスは拍子抜けして声を漏らす。   「いくらアタシが可愛いからって、そんなに見つめられたら困っちゃうじゃな〜い!」 「ご、ごめ……って、いやいや、何なんだ……お前」  男は無いはずの髪を手でかきわけるふりをする。 「アタシはフォーティーシクスよ。シクスってよんでね。……アタシはアナタをここで監視するために、アナタの穢れに脅されて反転世界から引きずり出されたのっ」 「……じゃあ、魔獣なのか?」 「獣!? 違うわよ! アタシは妖精の丘で魔獣に襲われて反転世界に閉じ込められてた美の妖精よ! 反転世界の王サマってのがアタシの姿勝手に使ったりしてムカムカしてたけど、居なくなって清々したわ!」  シクスによれば、過去に妖精の丘に魔獣が現れた時に襲われた妖精たちは、穢れた妖精として心を集めさせられていただけでなく、反転世界に閉じ込められているものもいるらしい。ならば、その妖精たちも救う必要があるなとアリスはシクスに向き合う。 「シクス、他にもまだ反転世界に閉じ込められた妖精がいるんだな?」 「ええ、いるわ。……あら!? もしかしてアナタ、妖精騎士さま!? ヤダ〜! あの氷みたいにクールな妖精騎士さまと違って雰囲気が坊やだからぜんっぜん分からなかったわ!」 「ぼ、坊や……」  この妖精は本当に自分を監視する気があるのか、一人ではしゃぐシクスにアリスは苦笑いをうかべるしかなかった。 「シクス、俺はお前みたいに反転世界に閉じ込められてる他の妖精たちも助けたい。俺に協力してくれないか」  シクスは鍛え上げられた腕を組み、目を閉じて思案する。 「助けるってアナタ、ここから出る方法でもあるの?」 「ある。あの鏡をこの剣で割ればいいだけだ」  アリスは氷に閉ざされた鏡を指さす。シクスはなるほどねぇと右頬に手を添えた。 「でもねぇ、アタシはアナタが勝手なことしないように監視しないと、コロッとこの世からサヨナラになっちゃうのよ。……ま、アナタがアタシを守ってくれるならいいけど」  シクスに耳打ちされて、アリスは頷く。 「当たり前だ。俺は器として……妖精騎士として妖精たちの命を背負ってるからな。それに、自分の穢れは自分で浄化する」 「じゃあ、決まりね。裏切りってサイコー!」 「こ、声がでかいぞ!」  深紅の部屋に響き渡るシクスの雄叫びが大きかろうが小さかろうが、全て深紅のアリスに漏れ出ていることは、アリスには分かっていた。だが、ここでいつまでも倒れているわけにはいかないのだ。ルシフェルやレイシー、妖精たちや地上の国の人たちのためにも。      
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