第三章 鏡の国の鏡

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第三章 鏡の国の鏡

 鏡に映ったものが偽物なんてこと、誰でも知っていることなのだろうか?  鏡に映った自分が本当にその姿なのかは、自分の目だけでは分からない。  鏡の中の誰かは、息を合わせているわけでもないのに同じ動きをした。まばたきをしたり、口を尖らせれば鏡の中の誰かも嘲笑ってから口を尖らした。 「妖精のいたずら?」 「バカ、何言ってんだ。今の妖精がすることはいたずらどころじゃないぞ。あいつらは人の心を食って殺すんだ」 「なんでそんなことするようになったの?」 「それは、知らん。昔は妖精なんか滅多に見なかった。金のために幻みたいな妖精を求め旅する者もいたぐらいだからな。今は金になるどころじゃない。戦うことが出来ない奴らは、妖精に出会ったらそれで終わりだ」 「最近ではあの屋敷の鏡に映る自分の目を見つめると、鏡の中に吸い込まれるってもっぱらの噂だ。それも妖精のしわざなのかもしれんぞ」  街の片隅で生まれる噂が、風に巻き込まれて他の人間の耳にも伝わっていく。  廃れた屋敷。百年ほど前に富豪一族の男が暮らしていたが、今はマーマーレードという小さな街の片隅で廃屋と化していた。街の人々は不気味な屋敷に近づくことは滅多になかったが、ある時、興味本位で近づいた哀れな旅人たちがいた。  その哀れな旅人たちは屋敷から戻ることはついになく、それを知った街の人々はより一層、不気味なその屋敷を恐れた。噂では屋敷には姿見がたくさんある広間があり、そこで自分の大切な人の姿に出会うと、二度と屋敷から出ることは出来ないという。 「足りぬ」  人間の頭蓋骨が大蛇の顎に囚われて、鏡のように粉々に砕けた。  屋敷の奥にある広間で、輪を作るように並んだ数ある姿見。その中のある一枚に、ぐにゃりと大蛇の形をした黒い影が動く。影は赤い瞳を尖らせて、屋敷の外へと続く扉を貫く勢いで睨んだ。 「もっとだ、もっと集めなければ。愚かな人間たちの心を。あの方の力が目覚めるために」
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