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青年は右目を開く。
視界は光で溢れていた。
薄暗い茸の森を日輪の如く照らし出している光源は、辺りを漂う、光虫と見間違う無数の光の球体。
──チリィン
鈴と足音が、頭上付近で止まった。
顔を覗き込んで来た修道女の少女と、視線が交差する。
被っていたフードを取り、艶やかな長い金色の髪を光の元に晒け出した少女は、極めて美しかった。
少女は背負っていたリュックを下ろし、手に携えていた鈴付きの杖をも静かに地に寝かせる。
「どれ……」
そうして自由になった両手で、青年の身体に触れる。
白く綺麗な指先が、汚らわしく醜い自分の足や腕に触れて行く。
羞恥と罪悪感が心を蝕むも、拒否する事は最早出来ない。
「ふむ。お前の体内の魔法細菌の働きが弱くなっているか。魔胞子への抗体価が低下すると、人間は茸やカビの温床と化してしまうからな。堕天者化する一歩手前だったぞ?」
少女は両手を胸の前で祈る様に組んだ。
途端に彼女の身体から黒い霧に似た物が大量に吹き出し、青年の身体から生える茸を取り巻く。
茸は砂の山が崩れるが如く粉微塵に分解され、瓦解した粒子が幾つもの光の粒へと変化し宙へと浮かんだ。
幾つも幾つも。
辺りは、星空を映したかのように鮮やかな光に包まれる。
青年の肉体にも変化が起こった。
あれだけ酷く深く侵食され、完全に機能を放棄していた肉体が。
体温が、血の流れが、脈動が。
息を吹き返す。
だが同時に走った激痛に、青年は顔を歪めた。
茸に喰われていた肉体には、骨にも到達する深い傷も刻まれている。
少女は素早くリュックの中を探り、掌に収まる程の大きさのシャーレを一枚取り出した。
中には、薄緑色に発光する謎の物体が入っている。
少女は躊躇う事無くシャーレの蓋を捻って開け、 逆さにして青年の傷口に落とした。
薄緑色の謎の物体は瞬く間に吸収されて見えなくなる。
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