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生かされる者
◆
「……ここまで来れば、魔胞子の影響も無いだろう。コルト、だったか。身体の調子はどうだ?」
一際巨大な木の根に腰掛け、ルーシーはリュックを枕代わりに樹の日陰で休むコルトに尋ねる。
コルトはルーシーの案内の元、休憩を取りながら茸の谷を脱出し、太陽が昇り切る頃には緑生い茂る森の中程まで来ていた。
森の中は根も岩も一面緑色の苔の絨毯に覆われており、静寂が支配している。
まだ身体を満足に動かす事の出来ない状態だったが、ルーシーが肩を貸し、休憩の度に胞子による汚染を手厚く払ってくれたおかげで、どうにか安全圏まで逃げる事が出来たのだ。
「はい。大丈夫です」
「ったく、何故あんな場所で寝ていた。私のような暇人が通り掛からなければ、確実に死んでいたぞ?」
煉瓦色に染まった山を東の遠方に望み、煙草を吹かしながらルーシーが語気を強めた。
先程までいたあの山の麓は、既に人の踏み込む領域では無い。
「悪運は強い方かも知れません。まさか、神の使徒である修道術師と出会えるなんて」
「フン……」
「魔胞子を払ったり、光や炎を発生させたり。噂に違わぬ神の御業ですね」
「おいおい。世の中、誤解している連中が多いが……修道術は決して万能の力じゃねぇぞ」
怪訝そうな表情を浮かべたルーシーは、煙草を指の間に挟んで唇から離す。
下から吹いた風に流された煙と彼女の金髪が、木漏れ日の中で煌めいた。
「地上に滞った精霊骸を分解して自然に還元する。古来から魔法細菌が行ってきた、当たり前の世界の循環作用の一つだ。修道術師は、その過程で発生する力の一部分を利用しているに過ぎない」
開いている瓶の中へと煙草の灰を軽く落とし、ルーシーは再び煙草を咥えた。
瑞々しい葉擦れの音が二人の間を通り過ぎ、実りの季節である事を肥沃な大地へと告げて行く。
「魔法細菌は歴とした微細な魔法生物で、たまたま人間を宿主とし、共存しているだけの事。私達は常に、大いなる自然に生かされているのさ」
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