朝焼けと夢

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朝焼けと夢

しんとした夜は ゆっくりと その身を朝焼けへと変えていく 明けきる前の薄青と黒が交差して その境目は曖昧な薄紫にも見える色で 何処となく忘れ去った哀愁に似た その色を頭上に頂き 咆哮の様なエンジン音を鳴り響かせ 人気のない国道で冷たい夜風を浴び バイクを走らせる 何処に行こうか 行く先なんてなくて 居たい場所なんて無くて 居るべき場所なんて失くて そんな焦燥にも似た なんとも言えない想いを抱えたまま 当てもなくハンドルを握る 耳元で ごぅ と風が歌う 視界に入る景色は まるで走馬灯のように過ぎ去っていく 最初は充ちていた 溢れんばかりの情熱と 掲げた夢が 想いが満ちていた 日々は眩い程に理想を連れて きらきらと輝いていた その純真無垢な想いの塊は いつしか徐々に くすみ始めて 夢を叶えれると謳う 起業したばかりの会社に入って 慣れないながらも 達成感に包まれる日々を紡ぎ なんとか業績も軌道に乗り出し 「あそこの契約取れました!」 「本当か?!凄いじゃないか!」 「やったな!!」 「契約祝いだ、今日は飲むぞ!」 笑顔の上司と 同僚と喜びを分かち合って あんなに きらきらと輝いていたのに いつからか 「他の会社に取られたって どう言う事だ!?」 「それが・・・向こうの方が 条件として良かったみたいで」 「条件が良いからって何だ! そこを上手くやるのが、お前の仕事だろ!」 「しかし・・・此方が提示出来る分は・・・」 「そんなもん嘘でも吐けば良いだろ!」 「う・・・そですか?」 「契約を取った後に、努力したのですがとか 何とか言って変更すりゃ良い」 「しかし・・・」 青筋を浮かべ唾を飛ばす上司は 聞き分けの悪い子供を諭すように 「良いか?取れば、こっちの勝ちなんだよ それを上手く繕えば何とでもなるんだ」 嫌な笑みを浮かべて言い募る 押されないタイムカード 段々と伸びていく勤務時間 蓄積されていく疲労 白が黒だと言われれば それが罷り通ってしまう 歪な空気 燃えていた理想は いつしか汚れていって 夢は いつしか割れてしまって 掲げた意味も 持ち続ける理由も消えた ただ ただ虚しくなる時間を過ごし 守られるべき時間は消えていき 住む意味を無くした部屋の中で ふと現状に、しがみつく意味を忘れて あんなに毎日、乗り回していたのに 今や薄く埃を被るだけとなったバイクに 久々に触れたいと思った あぁ・・・走ろう 数多のテールランプを後ろに追いやって いつの間にか誰も居ない場所まで来て 随分、長い間 身体に響く振動だけを道連れに ひたすら走ってきた これから、どうしようか もう あの場所には戻りたくない 帰る意味なんてない あぁ・・・そうか・・・ 戻りたくなければ戻らなければ良い そう考えれた時 ずっと付き纏っていた 重力にも似た何かは消え去って そうか そんな単純な事だったんだ なんだ 何を恐れていたんだろう 口から溢れ出る笑い声は 風に靡いていく きっと今の自分は 他人から見れば危ない奴だけど そんな事すら、どうでも良くて 一頻り笑い終え 冷たく撫でる風を堪能していると 何処からともなく運ばれてきた 潮の匂いが鼻腔を擽る 海だ 丁度、国道の終わる先 そこから少し進んだ所に白い飛沫を上げ 数多の生命を抱いた海が見える 男は堤防の近くでバイクを止めて ヘルメットを外し浜辺へ降り立つ ざざん ざざん 波は穏やかに 鴎は夜の残る空を 緩く旋回する こんな所に海があったのか 跳ねる飛沫と潮の匂いを感じながら 地平線から昇り出す太陽を待っていると 暗さのせいで黒に見える海は紺碧へと 夜の残った空は澄んだ薄青へと ゆっくりと色彩を変えて オレンジから白熱へ移り変わりながら 浜辺に1人佇む男の頬を太陽は照らしていく それは、きらきらと 疲れ切った男を癒すように 新たな門出を祝うように 波に反射しながら きらきら きらきらと おもむろに深呼吸をして その瞳に太陽と海を捉えた男の口から ぽろりと言葉が落ちる 「あぁ・・・良い朝だ。」
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