side B

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side B

 一夜明けた朝、僕は白い宇宙服のようなものを着てそれに搭乗していた。  ぼんやり光る真っ白なパネルで埋め尽くされた格納庫で、航宙機動決戦兵器〈タイタニアム〉は大袈裟な名前に相応しい勇壮な姿を見せている。  銀色に輝く円錐状の主本体にキャノピーが乗っかった形状は見慣れた航空機の機首に見える。  機体の後ろには四基の円筒状のエンジンのようなものが堅牢な柱によって接続され、さらに翼断面の巨大なリングが四基のそれを外側からぐるっと囲っている。  どこかで見たものと似ている……と思いを巡らすと、レンタルで昔観たSF映画、「ザ・ラストスターファイター」のそれだ。  あの映画も確か、普通の兄ちゃんがゲーセンで異星人にスカウトされて、宇宙戦争に巻き込まれるんだっけ。そう言えばこいつも決戦兵器、ラストスターファイターだ。  全天を覆うコクピットのモニターには、斎藤さんがクラウドスフィアと呼ぶ雲の惑星と、それを取り巻く小惑星帯が下方に見える。 〈タイタニアム〉を宇宙に放ったアダムスキー型の母船は既に遠く、僕が知る宇宙と大して変わらないSF映画の世界が目の前に広がっていた。 〈タイタニアム〉は基本的には自律兵器だが、足元から伸びる操縦桿を動かすと自由自在に操れる。  地球で言うところの人工知能、それを遥かに超える演算思考体は機体を制御し、小惑星の欠片から危なくなったら避けてくれる。睡眠学習でミッションの内容もバッチリだ。  昨日の後のことは残念ながら詳しく言えないが、心身共に気力に満ち溢れている。今日の僕は昨日までの僕とは違う。既に大人だったが、名実共に今日から僕は『大人の男』だ。  気分はもうスターファイター。アクセルを踏み込み操縦桿を捻ると、甲高い機関音と共にモニターに映るクラウドスフィアがぐるんぐるんと移動する。  搭乗前に服用した錠剤ナノマシンのおかげで目を回したりしない。  なんかもう色々と最高だ。仕事なんかくそっ食らえ。細かいことはどうでも良い。俺様はこれから銀河の勇者になるのだから。そして傍らには極上の美女。浮かれない方がおかしい。  調子に乗って飛ばしていると、斎藤さんから通信が入った。目の前のモニターに小ウィンドウが開き、まるでキャビンアテンダントのような制服を着た斎藤さんが映っている。  清らか瞳、柔らかい唇。これは全て僕のものだ、と言ったら言い過ぎかなぁ。  すると、斎藤さんは咎めるような表情で口を開いた。 『あんまり飛ばしちゃダメよ、片道分しか燃料がないんだから』  え、斎藤さん、今なんて言った? 「は? え? 片道って……」 『言葉通りの意味よ、ミッションが終わったらそこでおしまい』  血の気が退く感覚。先ほどから浮かれていた僕の意識は、真っ逆さまに地に堕ちた。  昨日はあんなに愛おしかった斎藤さんの声が、今は限りなく冷たく聞こえる。 「え、え? それじゃ僕は帰れないってこと?」 『ん? そうじゃないけど?』 「え、意味が分からない。片道って母船に戻る燃料がないってことですよね?」 『そうだけど? 質量を減らして機動性を優先してるの。ミッションが済めば機体は放棄』  斎藤さんは昨日と変わらない口調で諭すように言う。 「そうじゃなくて、僕に約束してくれましたよね、ちゃんと地球に戻すって……」 『心配しなくても、ちゃんと戻してあげたわ』  なにこの噛み合ってない会話。僕は混乱した。そして猛烈な違和感。 「えっ、戻して『あげた』ってなんで過去形なんですか?」 『ああ、田中君の体液から寸分違わないクローンを作ったの。昨日コンビニに寄った直後までの記憶を注入して、さっき田中君ちのベッドに送り届けたところ。まだ寝てるんじゃないかな?』  ふふっと斎藤さんは笑みを浮かべ、優しく言葉を返した。いや、内容は決して優しくなんかない。というか、昨日のあれは……体液採取? 「は? ちょ、ちょっと待ってください。僕、ここに居ますよ、ね?」 『そうだけど……あっちも完璧な田中君だよ?』 「えっ、えっ、だったら〈タイタニアム〉に居る僕は……死ぬ?」 『なに言ってんの大丈夫よ、あっちの田中君がちゃんと生き続けるんだから』  昨日のことなど完全に吹っ飛んだ。ここはどこか遠い宇宙の彼方、そして僕は〈タイタニアム〉の中で一人っきりである。虚空の宇宙が僕の意識に暗黒の帳をもたらした。  斎藤さんは何を言ってるんだ? 全く理解したくない。  しばらく考えて、ようやく次の言葉を絞り出した。 「待って、僕ともう一人の僕って、二人居る時点で同一の存在じゃないじゃないですか」 『ん? 記憶の他に遺伝子の情報も細胞の数も、何もかも全く同じだよ?』  ウィンドウの中で、顎に指をあて可愛らしく小首傾げる斎藤さんが見える。  鬼、悪魔というのはかくも魅惑的なものだろうか? 「だーかーらー、今この状況で頭を抱えている僕と、ベッドで眠っているもう一人の僕、違う意識が二つ存在してますよね?」 『……えーと、今そこに居る田中君と、意識が連続して繋がった存在じゃないって言いたい訳?』 「そうです、そうです」  脳細胞をフル回転させて、僕は僕の主張を斎藤さんに訴える。それが功を奏したか、ここで初めて彼女は怪訝そうな表情を浮かべた。 『じゃあ聞くけど、例えば昨日の田中君と今日の田中君、連続して繋がった同一の存在って、どうやって自分で確認する? 地球人は一日一回、ノンレム睡眠に入ると必ず意識が途絶するのに』 「え……」 『ご家族もお友達も同僚も誰一人、それに……田中君自身も気づかなかったんだから』 「え、『僕自身』?」 『ごっめーん、説明してなかった。私が田中君を担当するのは初めてだけど、田中君は今回が初めてじゃないの』  斎藤さんは手のひらを合わせ、僕に謝罪の言葉を述べる。  航宙機動決戦兵器〈タイタニアム〉搭載の演算思考体はミッション開始を宣言し、操縦系統をロック。時空外連続体〈アウターコンテニューム〉出現ポイントに舵を切った。
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