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「間もなくだな・・」
空に浮かぶ雲が崖下にも泳いでいた。遠くに並ぶ山々を神の住処であるように感じてしまう程に、その光景は神秘的であった。
テントの中央にはランタンが吊り下げられていた。外から見れば、人の温もりを感じられる唯一の場所のようにも感じられた。
「葉瀬殿・・」
声かける男の頭は綺麗に禿げていた。山を進むには乏しい装いだったが、その身体は足りぬ防備を補うように鍛え上げられていた。後ろ腰には布で覆われた短刀を縛り付け、肩には猪を担いでいた。
「雲に眠る仙者は世を導く術を知るが、その術を求むる者には人を惑わす術でもてなす、と聞く。自然の理は必ずしも人の理と同様ではない。
我らが道を決めるは神の意思。仙者に会って道を尋ねるも神の意思かもしれんが、少しでも抗うのは人の性かもしれんな・・」
時折通る風が葉瀬を覆う衣を揺らす。遠くを眺めながら、待ち受ける運命がどこに導こうとしているのかを考えていた。
「日が完全に暮れるにはもうしばらくの時を要します。耽るは宜しいですが、今のうちに腹ごしらえをしておきましょう。
これからが長うございますよ」
「・・阿尭、雲に眠るは神に選ばれし者のみ得られる力と聞くが、わしもこの雲に眠ることができるのだろうか」
「そうした話は吽尭となさってください。口と力は俺の方が達者ですが、頭はあいつの方が優れております。
食事をしながら言葉を交わせば宜しいのでは」
テントの近くでは阿尭と似た風貌の男が黙々と火を起こしていた。
「阿尭、そろそろ肉の準備を始めておいてくれ」
「あいよーっ」
呼ばれた阿尭は吽尭の元に行く。
「あっ、葉瀬殿はテントで休んでいてください。準備ができたらお呼びしますので」
「すまない・・」
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