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ではあるが、城からも街からも遠く離れ、奉じる人間もほとんといないような寂れた神殿に、母共々仕えて慎ましく育ったジュエルには、そんな事情など分からないし、知る由もない。
ただただ、生まれて初めて与えられた大役に、心躍らせるばかりである。
ジュエルは事ある毎に『せめて、アスラン殿下のように美しくあったなら』『せめて、アスラン殿下よりも利発であったら』と、母や乳母に、呪詛のような言葉を受けながら育ってきた。
だが、姿絵に描かれている義弟は本当に太陽のように眩しく美しく、これと自分を比べるのは最初から間違っているとしか言いようがない。
それが自分でもわかるだけに、尚更惨めな思いをしながら大きくなった。
しかもジュエルは、母の違うその弟と、とうとう一度として直に会ったことはない。
姿絵だけの義弟と、自分を唾棄する母親。
王子であるにも関わらず、ジュエルを空気のように扱う大人たち。
そんな心寒い環境で、ジュエルはいつしか20になっていた。
漠然と、神殿に仕えながら無為に時を刻み、このまま年老いていくのだろうと思っていた矢先、その美しいアスランが帝国へ留学する事になり、何年も前からベリック国と結んでいた約束が果たせなくなってしまったと、使者がジュエルの元を訪れたのは先月である。
だから、ジュエルに――――代わりに、アスランの大役を代わってくれないかと。
この申し出に、ジュエルと母は喜んだ。
生まれて初めて、この自分が主役になれたのだ。
皆に注目されて、スポットライトを浴びることができるのだ。
ジュエルは、複雑な国同士の関係よりも――――誰かに注目される事に、有頂天になっていた。
「あの、これから三年間、僕はこちらの治水事業を学んで習得することになっています。平和で豊かな楽園を、協力して互いの国へ造りましょう。どうぞ、よろしくお願いします」
ここへ来る道中、ジュエルが馬車の中で必死に考えた挨拶の言葉だった。
一言も発しない、初対面のルーンという隻眼の騎士に気後れしながらも、ジュエルは何度もたどたどしい口調で練習していたのだが。
しかし、ジュエルのこの言葉をマトモに聴いていた人間は、一人としていなかったのであった。
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