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 ジュエルは、故郷を出立する時に三年間と言われていた年月が、明日でもう五年目に突入する事を知り――――独り、手帳を開いて(うれ)いていた。  ここに来てから毎日(しる)していた日記帳には、このベリック国へ赴いた当初に夢見ていた事が、希望に満ちた様子で色々書いてあったが…………いつしかそれは、ただの味気ない文言に変わっていた。 〈〇月○日:天候は晴れ。午前は城下町の井戸の水質を観察する。異常なし。午後は同じく城下町の流水道に生息する藻を採取し、サンプルを保管。以上〉 〈○月○日:前日同様の行程。サンプルの観察。以上〉  ようするに、どうでもいいような事をさも(・・)何かやっている風に記して自分を誤魔化しているだけである。  この国の治水事業の状況や、河川工事の改善点と協力事業について報告書のような書面を纏めても、誰も読む相手などいない。  何度か故郷のガラハン国へと報告書を送付したが、全て返されてしまった。  それは封さえ開いた様子もなく、ジュエルが最初(かか)げていた『治水事業を学んで習得し、平和で豊かな楽園を造る』という大義名分は、木っ端微塵になっていた。  帰国を打診しても、無しのつぶて。  そしてベリック国でも、あからさまにジュエルの事を持て余していた。  最初の半年は、それなりにジュエルのことは王族として扱ってくれてはいたのだが、なにせ本国からは特にジュエルに対し送金もない。  ジュエルが持参してきた財産も、とても王族とは思えぬほどに質素な有様で、むしろベリック国側で用意してやった家財道具の方が豪奢であった。  金もない、王子なのに人望もない、容姿も頭脳も秀でた面のない凡人。  ましてや、ジュエルの従者は隻眼の騎士独り。  しかもその騎士は、主人である筈のジュエルを敬う様子は微塵もなく、ジュエルの警護などほっぽり出してベリック国の城下町で護身の仕事をして小金を稼いでいる。  それはつまり、王子であるジュエルには、護るだけの価値は無い事を示していた。 ――――表向きは、平和条約の使者。しかしその実態は、ただの人質。  そういう条件で、内々に停戦合意され王子を差し出したハズなのに。
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