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「正直に言います。私は吸血鬼が嫌いです。殺したいほど憎んでいます」
「……一応、俺は元人間なんだけどな」
***
ガラスの向こうの部屋の様子を観察していたリンドウは、険しい表情で呟いた。
「……これはもう、手遅れです」
「何故、そう思う?」
同じく隣で中の様子を観察していたシュバルツが、静かに問いかける。
リンドウは今までの経験を思い出しながら、淡々と言葉を紡ぐ。
「……元人間だった吸血鬼は、一度理性を失ったら終わりです。二度と人の意識は戻らず……ただの化物に成り果てる。……人を襲う前に、早く始末すべきです」
「―—そんな事はさせない」
リンドウの言葉を否定するように、後ろから声が割って入ってきた。
「エニシダか。そろそろ、来ると思っていた」
振り向いたシュバルツは、部屋に入ってきたエニシダを見定めるように見据えた。
「司教代行。私を中に入れてください」
「理由は」
「私が、カルサを止めます」
挑むような眼差しで強く言い放ったエニシダを見て、リンドウは思わず呟いた。
「無理だ。どう見ても、もう手遅れで――」
刹那、ぞくりと背筋が震えるほどの鋭い視線に射竦められ、リンドウは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「見ない顔ですね。新入りですか」
「そうだ。コードネーム、リンドウ。元吸血鬼ハンターだ」
シュバルツの紹介を受け、リンドウは小さく頭を下げる。
「そうですか。……失礼ながら、これは私たちの問題ですので、口出しは無用です」
貴方には関係ない、と眼鏡の奥の瞳に冷たく一蹴され、リンドウは気圧されて一歩下がる。
あまり威嚇してやるな、とシュバルツがエニシダを制し、エニシダは何事もなかったかのようにシュバルツに視線を戻した。
「危険だと判断したら止めるが、それでもいいか。貴重な戦力であるおまえを失うわけにはいかない」
「構いません」
止めてみせます、とエニシダが力強く頷いた。
「私が合図をしたら、カルサの拘束を解いて頂けますか」
「いいだろう」
***
カルサの瞳に、ようやく理性の光が戻った。
「おまえ、どうして――」
我を取り戻したカルサは呆然とした表情で、自分の頭を抱きしめているエニシダを見上げた。
「――誰かを助けるのに、理由がいりますか」
安堵に身体の力を抜いたエニシダが、苦痛に表情を歪めながらも、眼鏡の奥の瞳を怒らせた。
エニシダの行動の意味も、怒っている訳もわからなくて、カルサは戸惑うしかない。
カルサの暴走を止めるため負傷したエニシダの左肩から伝い落ちた血が、ポタリと地面を赤く濡らす。
血の香りが鼻先をかすめ、カルサは奥歯を噛みしめ息を止めた。
「馬鹿か、おまえ! 自分が何したかわかってんのか!? 俺なんか、……俺なんか救うために、おまえが怪我してどうする!?」
「……うるさい。礼ならともかく、文句を言われる筋合いはありません」
冷ややかな眼差しと共に淡々と返されて、カルサはグッと言葉に詰まった。
決まり悪げに視線をそらしながらも、自分で応急手当を施そうとしたエニシダを制して、自分のコートの裾を破って包帯代わりに止血してやる。
「……おまえ、吸血鬼が嫌いなんじゃなかったのかよ」
俺はおまえの嫌いなバケモノだぞ、と不貞腐れたような口調でボソリと呟けば、右手で眼鏡の位置を直しながらエニシダが静かに答えた。
「…………嫌いですよ。人間と見た目が変わらないくせに、人間じゃないとか、吸血鬼かと思えば、元人間だとか……紛らわしい」
「紛らわしい、って……」
そんな言い方、と思わずカルサは苦笑する。
手当てを終えたカルサが顔を上げると、それをじっと見つめていたエニシダと目が合った。
「カルサ」
「なんだよ」
「……貴方は、吸血鬼ですが――……私には、貴方が、今でも普通の人間のように見えますよ」
淡々と告げられたエニシダの言葉に、カルサは驚いて目を丸くした。
「……まぁ、一応元人間だからな」
***
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