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「どうして、そんな顔をする」
「俺にはもう、生きている理由がないからだよ」
***
こみ上げてくる衝動を抑え込むために、もはや気休めにしかならない大量の錠剤を一気に噛み砕く。
最近、服用する量が増えているのは自覚している。
だが、足りない。これでも足りない。これでは、もう、足りないのだ。
人気のない暗い廊下に足を投げ出して、壁に寄りかかる。
「――限界が、近いか」
静かだった空間に、声が響いた。
近づいてくる足音で、誰がやってきているのかはわかっていたので特に驚きはしない。
人目を避けてここに来たのだが、やはりこの人の目はごまかせなかったようだ。
「…………そう、ですね」
姿を現したのは、野薔薇の司教不在の今、司教代行を務めているシュバルツだ。
シュバルツは、暗い廊下に座り込んだステラから一定の距離を取って立ち止まる。
ステラの間合いからギリギリ外れた位置、そしてシュバルツにとっては間合いである距離。
シュバルツの判断は正しい。
今のステラにむやみに近づくのは危険だから。
荒い呼吸の下、震える声でステラは口を開く。
「……もし俺が、狂ってしまったら」
放たれたステラの仮定の言葉に、シュバルツが息をのんだ。
刹那、悲し気な表情になったシュバルツを見上げて、ステラは寂しげに微笑んだ。
この男は本当に優しい人間だ。
自分なんかのために悲しみを感じてくれている。
「……迷わないでください」
「…………その道を、選ぶのか」
シュバルツの沈痛な面持ちが見ていられなくて、ステラはふいと視線を反らした。
他に道はある。
だが、その道は自分の意思だけでは歩むことができない。
「……叶わない望みに、縋る時間は終わりました」
ステラはもう、すべてを諦めていた。
「話したのか?」
「……いいえ。話せませんでした」
話すことすらできなかった。
それだけ、“彼”とは心の距離がありすぎたから。
「何故だ?」
わかりきったことを聞く、とステラは内心で嘲笑しながら、どこか疲れた表情で、シュバルツを見上げると、自嘲するように微笑んだ。
「――俺が、化物だからですよ」
***
「――嘘だと、言ってくれ」
目の前に突き付けられた現実よりも、儚げに微笑むステラの姿が、今にも消えてしまいそうな錯覚を覚えて、リンドウは焦る。
「躊躇う必要なんてない……俺は、穢れた醜い化物なんだから」
告げられた事実は確かに衝撃的ではあったが、リンドウが薄々と感じていたことでもあった。
「だから早く、俺が人間の脅威になる前に……」
「……できない」
近づきすぎることを恐れて距離を置いて、傷つけたくなくて冷たく突き放して、深く関わらないようにしてきた。
歩み寄ろうとするステラの気持ちに、気づいていたのに、遠ざけて、見て見ぬふりをしてきた。
「どいてリンドウ。君ができないなら、……僕がやる」
感情を押し殺した表情で、アイリスがステラに銃口を向ける。
「待ってくれ、アイリス!」
反射的に、リンドウはステラを背にかばっていた。
しかし、背中から震える声が咎める。
「ダメだよ、リンドウ。……アイリスが、正しい」
本当に?
この結末は、正しいのか?
他に何か方法はないのか?
ステラを救う、方法が。
打開策はないのかと考え続けるリンドウは、少しでも時間を稼ごうと慣れない言葉を紡ぐ。
「……何故、今なんだ」
今まで普通に過ごしてきたのに。
「元々、限界が近かったんだ。一度狂えば、俺はもう戻れない。……だから早く」
憂いを秘めた瞳が、切なげにリンドウを見据える。
「―—お願いだ。…………君が俺を、祓ってくれ」
***
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