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「何か言ってくれないんですか?静香さん。」
マスターが耳元で不安気につぶやいた。
確かにこんな非現実的な話いきなりされても普通信じない。ーーー普通の人なら。
「...信じちゃうってことは、私の心が全部わかってるってことなのかなぁ。」
静香は涙をこぼしながら笑みを浮かべた。
自分の中に答えがすとんと入ってきた。きっとこの涙がその証拠だ。
つけていた映画ももう内容についていけなくなったので「散歩でもしましょうか」というマスターの誘いにのって外へ出た。静香の家へと続く川沿いの桜並木の枝には、よく見ると桜の花の蕾がついている。
2人でのんびりと並んで歩いていた時、お店でよく見かける女性が前から歩いてきた。確かマスターにいつも言い寄っている女性の1人だ。
彼女はこちらに気付いた瞬間目を丸くして立ち止まった。そしてつかつかと歩いてきてマスターの前で足を止める。
「こんにちは。突然ですがマスター、お隣の女性とはどういうご関係ですか?」
女性がにこやかにマスターに話しかけると、次の瞬間眉を寄せ怪訝な表情を静香に向けた。
(そりゃ敵認定しますよね...。)
こんなイケメンの彼氏だと今後嫌でもこういうことが付きまとうのかもしれない。
静香は少し不安になった気持ちをグッと堪えた。すると突然マスターが手を握ってくる。
「私の生涯大切に想う方です。」
「?!」
(ひゃー。マスター?!無理無理慣れてないんですそんな胸キュンなセリフ!!)
すると前から殺意のような嫌な視線を感じ瞬時に鳥肌が立つ。
(怖い。女性の顔を見るのが怖い。)
女性は何も言わずに踵を返し走っていってしまった。きっと相当ショックだったに違いない。自分より女性の方が何倍も綺麗だった。なんだか「私ですみません」と謝りたい気分になる。
マスターは静香の手を引きながら一歩前を歩きだした。握っていた手にぎゅっと力が入る。
「すれ違いは御免です。俺は静香さんを一生かけて守りますから。」
振り返って笑う痺れるくらい甘い顔に胸が熱くなる。
静香は無性に懐かしさと愛おしさを感じた。
「もし...私が元彼と別れないで結婚したらどうしてたんですか?」
静香がマスターの背中に向かってポツリと聞くと、マスターは立ち止まり振り返った。
「そんなことさせるわけないですよ。どんな手を使っても絶対にね。」
(どんな手って...。涼しい顔して恐ろしいことを言う。)
しかしもうそんなことどうだって良かった。
すでに心が望むのは彼だけだ。
やっと出逢えた運命の人。それは思っていたのとは違かったけれど、それ以上に素晴らしい。
お酒が大好きな酒呑童子。
例えこの先貴方の愛に食い殺されてもかまわない。
だって貴方は、
優しくて愛情深い私だけの鬼だからーー。
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