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てかガチもんの終身雇用が決まってしまった。
ははっ…と幸多は遠い目をして乾いた笑いを漏らした。
父は一大事は済んだとばかりにボーイの方へ手で合図を送る。それを待ち構えていたように飲み物から前菜から運ばれてきた。
「ではこの前進的な契約を祝して乾杯。」
ワインが一同に行き渡り、グラスを掲げて父がそう宣言し、他がそれに倣う。
「しかし君、この契約では君になんら旨味はなく不安であろう。書かなかったが叶人の終身まで面倒をみてくれたあかつきには叶人に渡す財産を君にいくよう手配しよう。」
ごふっ、と幸多は含んだワインを吹き出しそうになる。
「いえっ、あのそこまでしていただかなくともっ」
「金は大事だぞ。大体叶人こそ金より良質な世話の方を切望している張本人だろうしな。」
それは確かに。
そこは叶人も父の言葉に頷いている。
「後はご家族の説得やら周囲や会社の配慮が気掛かりなところだな。例えば二人の関係を鑑みず片方だけに転勤を命じるとか。まぁ何かあれば私の権力を駆使するから遠慮なく言ってくれ。」
ちょ、え⁉︎
何する気なんだこの人!
「父さん。会社の事なら僕が直接会長を脅は…お願いするし。周囲の事も僕がなんとかすべき案件なので。」
叶人がしれっと答えたが暗にほっといてくれと言いたいのが伝わってくる。
それにしたって脅迫って言うところだったよな今。
慶一郎の父親然り目の前の叶人の父親然り『自分のやりたいようにやりたい事をしたいから。』と己の父親の跡を継がず会社を立ち上げてしまった。故に会長は手元に残ってくれた孫の慶一郎と叶人をいたく可愛がっているようだ。尤も仕事の上であからさまなエコ贔屓はないけれど。
そんな孫から脅迫される事になったら流石にジイちゃんが哀れである。
「うむ。そうか。じゃあアレだな。叶人と喧嘩でもしたあかつきには私達は全面的に君の味方になると約束しよう。愚痴を聞くなり叶人に制裁を加えるなり君の気の済むようにするぞ。」
だから別れるなんて言い出す事なかれ。という言葉がその顔に透けて見えた。
幸多は乾いた笑いしか出ず、叶人に至っては「アウェイだ。」とぼやいていた。
***
「…なんつーか。寧ろ色々気ぃ使わせて申し訳なく感じてきた。」
大正ロマン溢れる洒落て落ち着いた家具を眺めながら幸多ははぁと溜息をついた。
無事食事会を終えた後「ささやかな新婚祝いだ。」と叶人父の計らいで取ってあった部屋に宿泊していくことになった。
『どうせお家大好き叶人の事だ、新婚旅行メンドイとかごねるに決まってるからな。』
『は?僕だって彼が行きたいというなら行きますけど?』
と親子が睨み合う一幕はあったけども。
どちらの言い分も正しいっちゃ正しいだろう。
叶人に旅行好きかと問えば確実に嫌いと答えるであろう。が幸多が行きたいと言えばちゃんと連れて行ってはくれそうだ。現に仕事であればいやいやでも出張はしているし好むと好まざるに拘らず旅慣れはしている。
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