クーリングオフは適応外

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その顔を見て、幸多はぎょっとする。 真宮慶一郎!…部長。 幸多の属する営業課、他にはマーケティング課、販売促進課などの営業職を纏めた最上位にいる人物だ。 とはいえ余りに立場が違うため、日常の業務で特に接点もないが。 因みに、慶一郎が齢32才にして上層部にいるのは、仕事の手腕もさることながら、彼が現会長の直系の孫だからであろう。未来の社長候補様である。 「はっ、…いえっ、大丈夫です!」 普段お目にかかることもない雲の上の人物に若干動揺しつつ、慌てて答える。 が、そんなもので動揺している場合ではなかった。 「…それは良かった。」 平板にして無機質にも聞こえる声が直ぐ後ろでして、幸多はビクリと固まった。恐る恐る振り返り、そこにある顔にヒッと息を飲む。 真宮叶人っ⁉︎…部長補佐 営業部の、トップNo.2。幸多にとっては部長同様、普段の業務では特に接点もない雲の上の人物だ。 因みに、部長と補佐は父親が兄弟の従兄弟同士だ。つまり、行く行くの社長が慶一郎であった場合、叶人は社長にこそならないまでも上層部の重鎮になる事は間違いない。 ちなみに補佐は28歳。 それはそうと、二人ともとんだ美形だなっ! 大ぶりのパーツが華やかで、男らしくも柔らかな雰囲気を持った部長。 と、対照的に怜悧な双眸と整い過ぎた無表情が凛然と咲く花だか月に喩えられる部長補佐。 幸多も無論顔は知っていたが、実際それを間近にすれば、改めて気圧される容姿だ。 だが、ともかく今はそんなものに肝を抜かしている場合ではい。 「申し訳ありませんっ‼︎巻き込んでしまって。」 多分。おそらく。この状況を察するに叶人が階段を落ちてきた幸多を受け止めてくれたに違いない。 慌てる幸多に隣の部長が微妙な半笑いを浮かべた。 「いやぁ〜、うん、まあ。受け止めたと言えば聞こえはいいけど、実際には落ちて来た君を回避出来なかっただけだからね、叶人は。」 え?そーなの?と思いつつ、いやしかし、と思い直す。 気持ちの程はどうであれ、幸多が叶人をなぎ倒したのは紛れも無い事実なので。 土下座の勢いですみませんと連呼する。 「ああ。気に病む必要はない。これはただの事故だ。君は階段を落ちた被害者、僕は巻き込まれた被害者。誰も悪くない。」 阿るというには愛想の欠片もないが、怒ってるようには聞こえない叶人の声音にほっと胸を撫で下ろしたのは束の間のこと。 幸多と部長は揃って「ぅげっ」と呻いた。 叶人が、大丈夫だ。というように軽く挙げてみせた手が人形のようにカクカクゆらゆらしていた。
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