16人が本棚に入れています
本棚に追加
その4 どこに行くんですか
「ポイントカードはお持ちかにゃ?」
「んーどれのことだろう……これ?」
「違うにゃ」
「じゃあこれ?」
六十代のおじさんが一枚ずつカードを出し始めたので、ぼくは「NYAONポイントカードかこちらのクレジットカードですね」と見本を見せた。
「ああ、これね」
「こちらは電子マネーNYAONですね。電子マネーのお支払でよろしいですか?」
「いや、現金……あっそういえば母さんが持ってたな。おーい、母さ~ん!」
そう言うなりおじさんはどこかへ行ってしまった。レジカウンターには書籍の入った袋と千円札が二枚、残されたままだ。
暇なときならこのまま待つけれど、会計待ちのお客さんが列を作っている。仕方なくおじさんの会計を保留にして「次の方どうぞ」と首を伸ばした。
「ポイントカードはお持ちかにゃ」
「ああ、奥さんが持ってます。みっちゃーん、カード貸してー」
そう言って三十代の男性もどこかへ行ってしまった。商品と五百円硬貨を残して。
これまた保留にして次のお客さんを呼ぶ。保留登録は二件までなので、この人までポイントカードを取りには行かせられない。
「図書カード五千円を一枚下さいな」
白髪の女性が言った。よかった、これはポイントがつかない。
「かしこまりました。一点で五千円でございます」
図書カード販売用の台紙に印字されたバーコードを読み込もうとすると、女性は電子マネーNYAONを出して「支払いはこれで」と言った。
「あの……申し訳ございませんが、図書カードは金券扱いになりますので現金でのお支払いをお願いしております」
「前は買えたわよ?」
そんなはずがない。現金以外のキーを押すと「ピーッ」とエラー音が鳴って会計を終えられないようになっている。
「申し訳ございません、こちらは金券扱いになりますので現金以外でのお支払はできないのですが……」
「おかしいわね、前は確かにこれで……」
女性と押し問答を続けていると列が長くなってきた。
「ここにカードを置くにゃ」
大福は電子マネーのカードリーダーに前足を置いた。お客さんは「やっぱりできるんじゃない、最初からそう言えばいいのに」と怒りながらカードを置く。
大福、何考えてるんだよ出来ないってば、と嘆息するのをこらえて、ぼくは「NYAON」と印字されたキーを押そうとした。
「ピーッ、にゃ」
ん? まだキーを押してないぞ。女性は「おかしいわね」と言ってカードの裏を見る。
「もう一回置くにゃ」
女性は首を傾げながらカードを置いた。ぼくはキーを押さずにじっと大福を見る。
「ピーッ、にゃ」
やっぱり。大福が言っただけじゃないか。
「やっぱりできないにゃ、現金でお願いするにゃ」
「仕方ないわねえ、お金下ろしてくるわ」
言うなり女性はどこかへ行ってしまった。あのー……もう保留できないので取り消してよろしいでしょうか。
「カード持ってきたぞ」
次のお客さんの様子も見ずに保留1のおじさんが割り込んできた。仕方ないので「申し訳ございません、少々お待ち下さい」と言っておじさんが置いていったお金を……
おじさんの千円札二枚はどこに行ったーー
「ここにゃ」
遠くを見たまま大福が言った。ここってどこだ、と慌ててのぞき込むと、前足の下にチラリとお札が見えた。
「なくなるといけないから大福が押さえてたにゃ」
「おお、ありがとよ猫。俺はそそっかしくていけねえ」
急に江戸っ子になったおじさんはぺしりと薄い頭を叩いて、大福の腹の下からお金を抜き取った。よく見ると後ろ足のところに五百円硬貨がある。保留2の方の小銭か。
ほんのり温められたお札と硬貨に、まあいいかと思ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!