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その5 ナンバー2と猫
「これ、在庫上がってるけどないモノだよね?」
四十代の男性が検索機から印刷した用紙を見せた。
在庫にはデータ管理している「理論在庫」と実際に店頭に並んでいる「実在庫」がある。うちのように大きな商業施設にある店は、直営店のレジでもバーコードが通ってしまう、つまりこちらに売り上げが反映されずに実在庫が減っていくという現象が起こりやすいのだ。
検索機のデータは「理論在庫」だ。この人が探している料理雑誌は売り場が直営店のレジに近いので、よくズレが生じる。
「申し訳ございません、こちらでお待ちいただけますか。確認して参ります」
セカンドバッグを脇に挟んで腕を組み「早くしてくれないと困るんだけど」と言うお客さんにもう一度「申し訳ございません」と頭を下げて売り場に走った。
料理誌用の棚にはやっぱりなかった。直営店のレジで打たれたか盗まれたか、この果てしなく広い店で全ての商品の実在庫を把握するのは困難を極める。
「あのさ、在庫あるって書いてるよね。ないって有り得ないんだけど。どうなってんのおたくの管理、自店の在庫も把握できないの?」
お待ちいただけますかって申し上げたのに来てしまったんですね。言葉の端々から、これは出版関係もしくは書店関係の人間だなと思う。
「申し訳ございません……直営店のレジを通ると反映されないこともありまして……」
素直に説明した方がいいと思ったが、関係なかった。
「そんなことどうでもいいんだよ、ないのにあるって出るのは詐欺だよね。大体この店の商品管理どうなってんの? あんな状態で商品並べるとか有り得ないんだけど。今すぐ店長呼んで来なよ、正しい管理が何か教えてあげるよ。僕は以前出版関係で部長もやってたけど、こんなの許したことないよ」
そらきたと思った。部長クラスなら月刊誌を発売日から25日経ってから探しにくるのはやめてくれませんか、と密やかに思いながら「申し訳ございません、今日は休みでして……」と返すと「誰でもいいから上の人間連れてこいよ!」と怒鳴った。
参ったなぁ、ていうか出版関係の人間が書店で大声出すか?
とりあえず店長に電話で相談か、と考えながら戻ると、大福とすれ違った。
ぼくがいたレジには他の店員が入ってくれている。何をするつもりだろうと大福を追いかけると、男性を見上げて「すまないにゃ」と言った。
「おじさんが探してる『nyancyu《ニャンチュウ》』は発売日からだいぶ経ってるから売り切れたにゃ。出版社も品切れにゃ」
「そんなこと知ってるに決まってるだろ。僕は全国的に有名な会社の上にいた人間だよ。ナンバー2、わかる? こんな店の店長、人間性を疑う……」
「それはすごいにゃ、で今は何してる人にゃ?」
間髪入れずに大福は言った。平日の朝、地方の書店に雑誌を探しに来れる職業。ぼくも気になる。
「今……は……」
「今は社長さんかにゃ? それはすごいにゃ。きっと毎日『NYAO ちゅるちゅ~る』が食べられるのにゃ。タイヨウはケチだから週に一回しかくれないのにゃ。お客さんちの猫は幸せにゃ~」
とびっきりのキラキラおめめで大福は言った。彼はしどろもどろしている。
「そんなこと今はいいんだよ! すぐ店長を電話で呼び出せ!」
「猫は電話ができないにゃ」
「こいつにかけさせればいいだろ!」
「店長は猫にゃ」
あ、そうだったね。店長は猫……ってそんなわけないでしょ。
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