その6 まさかのぬくぬく

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その6 まさかのぬくぬく

「ありがとうございますにゃ」 「いつもありがとね」  この品のいいおばあさんは分冊百科「すてきな編み物」の定期購読をしている。創刊号は特別価格の289円だが、二号目から1416円になる。中には編み物用の針や糸、説明書が入っていて、一号ずつ編んでいくと大作ができる仕組みだ。  発売日は隔週、おばあさんは今日で30号なのでそれなりにお金がかかっているはずだ。  途中で定期購読をやめることもできるが最終号は120号、ざっと計算すると十七万円弱かかることになる。お年寄りの大切な年金をこれにつぎ込ませているのかと思うと、胸が痛むこともある。  おばあさんの小さな背中を見ながら、あの方は資産家なのだ、と思うことにした。でなきゃこんなアコギな商売、やってられない。  夕方、仕事を上がろうとしていたとき、またおばあさんがやってきた。分冊百科に何か不備があったのかと思っていると、おばあさんは手提げ袋から小さなブランケットを取り出した。 「これね、あなたにどうかと思って」  どこかで見たことがある模様だと思ったら、あの分冊百科のパーツをつなぎ合わせて作った小さなフード付きのブランケットだった。 「ここは寒いでしょ。いつも冷たい台の上に座ってるからどうかしらと思ったの」  今度は敷物だ。おばあさんは色違いのそれをレジカウンターに広げる。  大福はすかさずその上に肉球を乗せた。すぐに爪を出してフミフミを始める。 「ぬくぬくだにゃ」 「これも着てちょうだい」  大福はおばあさんオリジナルの結び紐がついた白と小豆色のブランケットを羽織った。白い丸顔、細目で和猫の大福にとてもよく似合っている。 「まあ素敵」 「ぽかぽかだにゃー」  毛糸でできたブランケットにくるまれて大福は喉を鳴らした。おばあさんは「よかったわ、次はお隣の猫さんね」と三毛猫さんに微笑みかけて、立ち去ろうとした。 「あの……お忘れもの……」  「いやにゃー」と踏ん張る大福から敷物とブランケットを回収しようとすると「あなたのために編んだのよ、いただいてちょうだい」と優しく微笑んでおばあさんは行ってしまった。 「いいのかなぁ……」 「これはもう大福のものにゃ」  満足そうに何度も「ぽかぽかにゃ~」と言う大福を見て、ぼくもほっこりとした気持ちになった。  そのときーー 「積年の恨み、晴らしてくれるわー!」  例のナンバー2おじさんが侍の格好をしてレジカウンターに突進してきた。なんだ、何が起きたんだと混乱しながら大福を抱き上げる。 「キェェエエェ!!!」 「えええー! 何その格好! ていうか、なんでぼく!?」  ちょんまげ頭の彼はわき目もふらずにぼくに刀を振り下ろそうとした。大慌てでレジカウンターから出て走ったが、どこまでも追いかけてくる。  大福を抱えて泣きそうになりながら守衛さんを探した。誰でもいいからあの人を何とかしてーー  エレベーターの前に追いつめられたぼくは後ろを振り返った。ナンバー2おじさんは刀ではなく、真っ白のレジスターそのものを高々と振りかざした。 「なんでレジなの!?」  大福を抱えたまま、なすすべなく白いレジに押しつぶされた。
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