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師匠と草太
「師匠、師匠!
風邪をひきますよ!」
草太は師匠の肩を揺すっている。
師匠は、無精髭に埋もれた口をもごもごと動かして目を開けた。
見慣れた天井。
自分の部屋。
心地よい暖かさの万年床。
テレビをつけたまま眠ってしまったようで、夜のニュースが明日の天気予報を伝えている。
視界に草太が入る。
ブルドックのように顔をしかめ、
黙ってゴロンと寝返りを打つ。
寝ぼけた頭でも師匠は風太君の悪ふざけを感じ取ったのである。
「師匠!おーい!」
さっきよりも大きく揺り動かす。
首をぐらぐらさせながら草太を睨みつける師匠。
堪らなくなって緩慢な動作で身を起こした。
「で、何。
こんな時間に」
時計は0時を過ぎたところである。
心底迷惑そうな様子でポリポリと顎を掻いた。
草太を睨む目が血走っている。
「師匠、実はですね。
先程他大学との合同コンパがありまして。
その帰りに師匠の身が心配になって寄らせて頂いたんです」
「・・・なるほど」
不発だったんだな、と師匠は思った。
寝ているところ半ば強制的に起こされた不満を少し和らげた様子である。
師匠、私が来なかったら風邪を引くところでしたよ、
私が来て良かったでしょう
などとうそぶいている。
師匠はテーブルの下に転がっていた富乃宝山をグラスに注いで草太の前に置いた。
辺りに濃厚な芋焼酎の匂いが充満する。
「合コンなんて時間と労力の無駄だ。
出会いは求めるのでなく、来るべき機会に備えて磨き続けるのだ。それが漢だ。
俺を見習いなさい」
「師匠、失礼ですが寝顔がとても磨き続けている漢の顔と思えませんでしたよ。ヨダレも垂れてましたし!」
草太はケタケタと笑いながらグラスを傾けた。
こんな夜のふけ方は彼らの日常であった。
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