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師匠たる要素
師匠には、師匠たる要素がおよそ見当たらなかった。
単位も落としているし、彼女もいない。
故郷に住む親からの仕送りで生活しアルバイトもお洒落をする事もない。
学生とは言え社会との乖離は著しく、難解な本を何度も読み返し、誰に見せることも自分が読み返すこともないノートに走り書きをするのが彼の生活の大部分であった。
敢えて褒められるところがあるとすれば、モラトリアム期を最大限謳歌している事と、世間との乖離をどこ吹く風と思える強靭な精神を持っているところである。
実益を見出しはしないが、ただただ高みを目指し遂行している感覚を本人は実感している。
彼は孤高の人であった。
いつの頃からか彼は甚平に草履姿で校内を闊歩し、瞬く間に学生の間で一目置かれるようになった。六尺の長身で、骨格がしっかりとしているものの痩躯であった。
歩く動作はマゼランペンギンの赤ちゃんのようにゆさゆさと歩き、運動神経の悪さは火を見るよりも明らかだった。
どの体育会な部もその歩き方をみて辟易している中、アメフト部だけが「立ってるだけでいいから」などと訳の分からない勧誘をしていたという。
その風貌から、三年目の留年ではないか、五年浪人して入学したのではないか、実は社会人なのではないかなどの憶測が校内で飛び交い、そして霧消して行った。
影では「甚平さん」と呼ばれていた。
また彼が校内で毎日座って本を読むロハ台は「孔子のベンチ」と呼ばれ、彼が居てもいなくても授業を終えた学生達の待ち合わせ場所になっていた。
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