風紀委員会

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風紀委員会

 新学期が始まって一週間程経ったある日の放課後。一般教室棟一階の会議室では、風紀委員会が開かれていた。参加者は二年生と三年生の各クラス一人ずつから選出されている。一学年はA組~L組までの十二クラスだから、合計二十四人。一年生はまだ選出されていないため、今回は不参加である。 「これは、どういうことかしら。説明して頂けますか、榛木さん」  松波貴子の鋭い声に、集まった生徒の視線が集中する。隙無く着こなされた制服は、彼女の身体にぴったりと沿い、その女性らしいラインを形作っている。首元のリボンは臙脂色で、ゴールドのラインが入っている。現在三年生で、内部進学者であることがわかる。 名指しされた佳織もまた、同じく臙脂色にゴールドのボーダー入りのリボンだ。つまり二人は、共に中学校からの内部進学者である。その上、附属の幼稚園からの同級生であり、今年で十五年目の付き合いということになる。幼稚園は二クラス、小学校は三クラスで、中学校は四クラスのみと定員が少ないため、内部進学者同士なら、大抵は顔見知りである。とはいえ、二人の仲は、険悪とまではいかないものの、良好とも言えないものであった。  貴子は、小学五年から始まるクラブ活動で箏曲部を選び、以来継続して、進学の度に箏曲部に所属している。高校では、箏曲部と佳織が所属する能楽部とは、学校内外において、常にライバル関係にある。運動系クラブや、文化系クラブの中でも、吹奏楽部や合唱部などは、学外の大会やコンクールに出る場合、同じクラブ同士で競う。しかし、能楽部と箏曲部は、同じ「邦楽」という枠の中で競う。能楽部や箏曲部以外にも、「邦楽」とされるクラブが集うため、単純に優劣を比べられるものではない。そのため、県の大会に出ても順位は出ない。順位は出ないが、上位のクラブは選ばれる。全国大会への出場校を選ぶ必要があるからだ。だから、峰雀高校の能楽部と箏曲部は、同じ枠で競うライバル同士ということになるのだ。  皆の視線が、貴子の指に従って、スクリーンに映し出された画面に向けられる。  表示されているのは、峰雀高校のサイト、クラブ活動を紹介するコーナーに作られた能楽部のウェブページである。そこに、当の能楽部員である佳織はもちろん、顧問の田原にさえ、全く身に覚えのない動画が掲載されているのだ。  能面が現れ、踊り、増殖し、別の能面、それも角と牙の生えた人ならぬ顔の面に変わり、静止の後暗転、それが延々とループする、なかなかにシュールな動画である。 「身に覚えがありません」  佳織は、プロジェクターに映し出されたものに、内心安堵を覚えた。春休み中に、顧問の田原が教えてくれていなければ、この場で取り乱していただろう。田原のお陰で事前に知ることができ、平静を保つことができたのだ。佳織は、日頃は少々頼りなく感じる田原に対し、今回ばかりは、素直に感謝する気になった。 「覚えがない、覚えがないと仰いましたね。このウェブページは、紛う事なき能楽部のもの。そのページに載せられた、悪趣味極まりないこの動画を、能楽部の部長にして唯一の部員、榛木佳織さんがご存じないとは……」  貴子は、大仰な言葉と身振りで、佳織を糾弾する。風紀委員長らしく化粧などしていないにも関わらず、元より目鼻立ちのはっきりした貴子の容姿には華があり、長い黒髪がそれを一層引き立てている。そこに、朗々としたよく通る声が加われれば、その場の雰囲気を一変させるには充分であった。半信半疑であった他の委員達の目に、はっきりした疑いの色が浮かぶ。  しかし、なんと言われようとも、知らないものは、知らないのだ。誰の仕業なのか、知りたいのはこちらである。 「そうは言われても、そもそも簡単と言われるブログでさえ、書き方がわからないのに、こんなこと、できるはずがありません。せめてブログが書ければ、部員を募集中であることを書くくらいはします」 「そう、それが榛木さんの主張ですね」  貴子は、手元のパソコンを操作すると、能楽部のブログを表示した。ウェブページと違い、ブログに関しては一般的に公開されている無料サービスのものに登録している。ただ、学校の名前を出す以上、申請はしてあった。  記事そのものは、昨年度の三月で止まっており、執筆したのは、同じ学園内の系列校、峰雀大学へ進学した卒業生である。その記事は、遠景ながら本人が写った舞台写真と共に、三年間活動した能楽部への思いと、大学でも能楽を続けたいという意欲が綴られている。実際、早くも彼女が、大学能楽部の練習に顔を出していることを、佳織は知っていた。  ただ、ブログには部員募集中とは、どこにも書かれていない。部員が三年生の榛木佳織ただ一人だというのに……佳織は、件の卒業生から、新入部員の募集については、勧誘活動をし、実際に新入生と活動を共にするのは佳織なのだから、佳織本人が書くべきだと言われている。ブログの書き方なら相談に乗るとも言われているが、あいにく互いの都合が合わずに、そのままになってしまっているのだ。
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