活動自粛

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活動自粛

 ブログを確認した貴子は、顔を上げた。 「いいでしょう。では本当に、榛木さんが関わっていないとして、その場合、このような動画を掲載したのは、どこのどなたなのです。ウェブページの管理は、各クラブに任されています。IDとパスワードがなければ、更新は不可能。榛木さん、あなたには少なくとも、その管理責任があります」  そう言われてしまえば、佳織も自身の責任を認めざるを得ないところだ。しかし、佳織には、それで引き下がる理由もない。 「昨年度のIDとパスワードは、規則通り引き継いでいませんし、今年度のIDとパスワードは、まだ申請していません」 「その理由は、」 「先ほども言いましたが、ブログさえ書けない自分には、到底ウェブページの管理者など務まるとは思えません。もし、幸いにもこういうことに詳しい子が新入部員として入ってくれれば、管理者をお願いしたいと考えています。いえ、詳しい、という程ではなくとも、私よりはパソコンに対して抵抗がなければ充分です。私が管理者になったところで、どうせ何もできませんから、新入部員獲得後に管理者の変更を手続きするより、最初から新入部員を今年度の管理者として届け出る方が早いです。そのため、今のところは、顧問預かりのままにしてあります」  セキュリティ強化のため、ウェブページを更新するためのIDとパスワードは、毎年、学校側で変更される。前年度のものは卒業式の前日まで有効で、新年度のものは、新学期開始後、各クラブがサイト管理者を申請すると配布されるのだ。  どうしても、春期休暇中やクラブ内のウェブ管理者が決定しない時期に更新の必要があった場合は、顧問の教師が手続きすることになり、生徒はそのための、申請用紙を提出しなければならない。その状態を、顧問預かりというが、顧問の教師が、直接更新できるわけではない。顧問の教師が情報科の教師に依頼するのだ。  その後、ウェブサイトの作成そのものをクラブ活動の一環にしている情報処理部か、もしその手に余るようなら、学校のサイトそのものの作成を委託している、外部の業者に依頼することになる。  そのため、申請用紙にはかなり細かく書き込まなければならず、顧問と部員による、更新後の確認も必須となる。現在、能楽部のページを更新できるのは佳織ただ一人であり、更新の申請があったかどうかは、顧問の田原や、数学科と兼任で校内唯一の、情報科教師海野耕介に確認すれば、すぐにわかることだ。 「では改めて、春期休暇中の、ウェブページ更新の申請履歴を調べます。それと、能楽部のウェブ管理者申請についても。先日の岡上先生の件もありますし、詳細がはっきりするまで、能楽部は活動を自粛してください。これは、先生方からの通達でもあります」  三月中に起きた別の事件を持ち出した貴子は、乱雑に重ねられた紙の束を取り出した。よく見ると、用紙のサイズが様々で、そのため綺麗に揃えることができないようであった。  貴子は、微かにため息を吐くと、正面に向き直った。 「保護者の方々から、これだけのクレームが届いています。岡上先生は著名な方ですから、あの事件が報道されたのはご存じでしょう。報道直後から、事件に関する問い合わせが多く、中には能楽部に対する疑惑も寄せられました。その上でこの動画ですから、さらにクレームが殺到しています。このままでは寄付金が集まらず、運動部の活動に支障が出る可能性があります。とはいえ、明確な証拠がないのに、学校側として何らかの処分を下すことはできません。それで、生徒の自主性に任せるとして、風紀委員会に委ねられたのです。あくまで、自主的な活動の自粛をお願いします」  学校側の後押しを受けた風紀委員長の言葉に、佳織はただ頷くしかなかった。 「かーおーり、何不景気なオーラ出してるの」  風紀委員会を終え、深いため息を吐きながら廊下を歩いていた佳織は、後ろから、無駄に明るい声と共に、突如飛び付かれて前のめりになる。 「あ、鮎那……重い。降りて」 「えー、せっかく親友様が慰めてあげようっていうのに、佳織冷たい」  苦しそうな声で佳織が懇願すると、鈴を振るような可愛らしい声で文句を言いながら、渋々その背中から降りる。  幼稚園からの佳織の友人、加納鮎那である。鮎那は、ほんのり化粧を施した愛らしい顔を膨らませてそっぽを向いた。短めのスカートに、ふんわりとゆるめに巻いたセミロングの明るい髪。くるんとカールした長めのまつげに、瞳をやや強調しながらも、不自然にならない程度のメイク。彼女は、自分を一番可愛く見せる方法を知っているのだ。
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