情報処理部

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情報処理部

 友人の顔を見た佳織は、会議室の奥に、特別教室棟へ続く渡り廊下があったことを思い出す。その一階には、水屋を備えた和室がある。襖に隔てられた続き部屋で二部屋あり、一つを鮎那が所属する茶道部が、もう一つを華道部が使用している。中央の襖を外せば、大きめの一部屋として使用することもでき、これは授業中に使われることが多い。 「冷たくて結構。今回ばかりは、あなたのお守りしてる場合じゃないのよ」  佳織は、友人の甘えるような声に動じることなく、冷静に返す。 「お守りって何よ。動画の話なら聞いたわよ、次から次へと大変ね、佳織も」 「相変わらず耳が早いわね、鮎那は。今度は誰に聞いたんだか」 「知りたい?今回はね、えっと……」 「いや、それはいいから」  鮎那は、その容姿で男子を籠絡するからなのか、噂話や校内の情報に異常に聡い。かれこれ五年間付き合いのある佳織でさえ、その情報網の全貌は知らない。もっとも下手に突っ込んだりして、厄介事に巻き込まれたら堪らない、というのが佳織の本音でもあった。 「とにかく、お祓いでもしてもらった方がいいんじゃない」 「お祓いで解決するなら、とっくに頼んでるわ」  鮎那の、完全に他人事だと楽しんでいるとしか思えない提案に、佳織は軽く嘆息しながらも、律儀に返事をした。  特別教室棟の二階には、パソコン室がある。四十台を超えるウィンドウズの入った一般的な機種と、十台ほどではあるがマッキントッシュも揃っている。  風紀委員会の次の日、佳織は、ここを活動の拠点にするクラブを訪ねた。  パソコン室の中は、明確に四つのグループに分かれていた。普通教室の約三つ分はある広さの教室だが、扉は教室の中央だけ。扉自体は、前方と後方の二カ所にもあるが、防犯のため常時施錠されているのだ。そのため、授業の際もクラブ活動の際も、実際に利用できるのは、中央の扉だけとなる。  中央の扉から見て右側、教壇近くを陣取るグループを見れば、ディスプレイに、写真と縦書きの文章が表示されてる。おそらく、新聞部だろう。  佳織は教室の中へ入り、窓側へ向かった。その途中、新聞部の斜め後ろ辺りには、ただひたすら縦書きの文章が表示されたディスプレイが並び、キーボードを叩く集団がいた。文芸部である。  教室の後方には、整然と並んだ黒いパソコンの列から離れて、白く丸みのあるフォルムの機種が置かれた一角がある。ディスプレイの背面に、シンプルなリンゴのロゴマークが入った、よく目立つそれらマッキントッシュを使用するのは、美術部。  そして、窓側のやや後ろよりを陣取るクラブが、佳織の目的であった。近付くと、ディスプレイに表示された黒い画面と、アルファベットや記号の羅列が目に入る。  佳織は、意を決して声を掛けた。 「すみません、情報処理部さんですよね、能楽部の榛木と申します。ご相談があって……」 「部長の結城よ。相談ねえ……できれば手短にお願いね」  画面から顔を上げた女子は、少し迷惑そうな表情をした。胸元のリボンは無地の臙脂色。佳織が手短に用件を告げると、彼女は長い黒髪を掻き上げ、鋭い視線を投げた。 「それで、何を仰りたいのかしら。まさか、私たちの仕業だなんて言わないわよね」 「いえ、そういうわけでは……」  結城と名乗った情報処理部の部長に睨まれた佳織は、少したじろいで言葉を濁した。 「じゃあ、何なの。そりゃあ確かにうちは、他のクラブからの依頼でページの更新をしたりしてるし、そのために必要な権限も持ってるわ。でも、依頼は必ず顧問の先生を通してもらうの。そのクラブの顧問の先生と、ウチの顧問の海野先生の印鑑がないと、他のクラブのページ更新なんて、絶対にしないわ。それに、もし仮によ、誰かが必要に迫られたり、万が一にも出来心で、依頼外のことをやってしまったとしても、ログっていって、更新した履歴が残るのよ。ウチの部員は、全員個別のIDとパスワードを持ってるから、誰がアクセスしたのか、ちゃんとわかるようになってるのよ」  淡々とした声で冷たく言い放つ結城に、佳織はなおも取り縋った。 「ですから、情報処理部さんを疑っているんじゃなくて……」 「誰が犯人なのかを、突き止めて欲しい、と」  それまで、無言でパソコンに向かっていた一人の男子生徒が、右の人差し指で眼鏡をくいっと上げながら、会話に参加した。表情が乏しく、冷徹な印象を受ける。ネクタイの色はボーダー入りの紺色で、内部進学した二年生であることがわかる。 「そ、そこまでは……ただ、少しご協力頂ければと……」 「失礼、二年の城之内と申します。同じことです。ブログやSNSさえも使えない、当然サイトを更新する知識などない方に、少しばかり協力するくらいなら、全てをこちらで調べる方が早く、効率的です」 「だめよ、城之内君。風紀委員会からも言われてるし、これは各クラブの管理の問題だもの。私達が手を出せることじゃないわ」  結城の言葉に、ついに諦めざるを得なくなった佳織は、邪魔した詫びを述べてパソコン室を後にした。
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