相続でござる(2)相続願い

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相続でござる(2)相続願い

 外に漏れないように細心の注意を払いながら、急いで相続の話を進めなければならない。世間にはまだ存命だと言い張って、養子の当てを親類からまずは探す。  しかし、年周りや能力的な問題から、これという者がいない。そこらの家ならともかく、大名家の主である。肩にかかるのは家族だけでなく、家臣とその家族、領民だ。責任と求められる能力が違う。  そこで、決定した。佐奈が婿養子を取ると。 「常々思うておった。佐奈が我が子の中で一番男らしいと」 「父上、それはあんまりです」 「む、済まぬ。  しかし、佐奈が男であったらと今ほど思うたことは無いわ」 「……」 「済まぬ。  上戸にも、謝らねばな……」  本宮は、深い溜め息をついた。  そして、相続願いが出された。  沈鬱な空気の中、楓と桔梗が戻る。 「カステイラに、阿片が混ざっておりました。これによる急性中毒が原因かと思われます」 「大島家は、相続の事で2つに割れているようです。今は御正室腹の進太郎様が世子ですが、ご寵愛を受ける側室からお生まれになった要之助様を押す勢力もあるとか。  進太郎様が1つ年上となっていますが、本当は、反対だそうで」  子供がある程度大きくなって無事に成長しそうだと見切りを付けてから出生届けを出すとか、嫡男が相続するという決まりの為に、正室と側室の子が生まれた順番を入れ替えて届けるとか、いつの間にか兄弟間で名前と順番が入れ替わるというのは、武家に珍しい事ではなかった。  なので、それに驚く事はない。  ただ、そのとばっちりで源之丞夫婦が亡くなった事に、怒りを覚えた。 「迷惑な」  佐奈のその一言に尽きた。 「とばっちりを受けて兄上と義姉上が亡くなられたのだぞ。要之助とやら、ただではすまさん」  宗二郎は、やっぱりな、と思ったが、今回は文句をいう気にはなれない。 「それなりの報いは受けてもらわないとね」  光三郎も秀克も、決意を目に頷いた。  大島家の世子進太郎も、源之丞に似て、大人しい質だった。  病と聞いてお見舞いにと飛んで来たが、自分のせいなのではと気に病み、消沈している。カステイラで具合を悪くしたと知ればどこまで落ち込むだろうかと、心配になる。 「失礼ながら、大島家には火種があるとうかがっております」  認める者はいない。だがここで、カステイラが登場だ。 「何と!」  進太郎と側用人が、絶句して青ざめた。  そして、深々と頭を下げた。 「申し訳ござらん。我が家のごたごたに、巻き込んでしもうた。謝って済む問題ではござらぬが、申し訳ない」  心からの謝罪だと十分に窺えるものだ。 「どうか、頭をお上げください。  それで若様をどうこうと責めるつもりで申したのではございません。ただ、傍迷惑な弟君一派には、責任を取っていただきたいと存じましてね」  進太郎と側用人は顔を見合わせた。 「責任、と申されましても、認めるかどうか……。それに、どのような責をお望みで」  佐奈はにっこりと口元だけで笑った。 「まあ、責の内容をお決めになるのは大島家御当主様。ですが少なくとも、当人が表舞台に出て来られるのは不愉快です。  それと、認めないなら認めざるを得ない状況を作れば良い。  若様。お手伝いいただきますよ」  相手は遥かに年下のおなごだというのに、逆らってはいけない気がして、進太郎も側用人も、素直にこくこくと頷いた。 「では、まずは撒き餌の準備からですね」  秀克が不敵に笑い、進太郎と側用人は、 (敵に回してはいけない家だ) と頭に刻み込んだのだった。  進太郎は屋敷に戻ると、 「佐奈殿に、舟遊びの事を聞いたのだがな。大海原に船を出して釣りをすると、一抱えもある魚が釣れるそうな。それで、要之助とおえい殿も一緒にどうかと勧められてな。大層面白いそうだ。行かぬか?」 と誘う。  進太郎と要之助は、ケンカをするわけではない。話をあまりしないだけだ。  それでも、このような誘いは初めてで、要之助は返答をためらった。  しかし、今しがた父から聞かされた、 「要之助の婿養子先を選定中だが、外様の小さい家中の留守居役の家になりそうだ」 という言葉に感じた焦りと怒りで、誘いを受ける事に決めた。  小さい外様というだけで屈辱なのに、その家臣の家への縁組である。とんでもない話だと、平静を装いながら内心で憤りを感じていた。 (話がまとまる前に、早くこいつを亡き者にして、俺が世子にならねば)  母おえいの方ともそう言い合っていた通り、これがそのチャンスだと腹をくくった。 「楽しそうですね。是非に。  しかし、なぜこのような人選を?」 「うむ。もうすぐ佐奈殿も嫁がれよう。その前に、あちらの御家族とこちらの家族で、という話らしい。おえいの方がマグロを好まれるのも御存知であろうし、俺は若様とも親しくさせていただいておるしな」  よく考えれば苦しい言い訳だが、それで一応納得した要之助は、浮かれた足取りでおえいの方の所へ報告に行った。  一方大島は本宮から仔細を聞かされ、協力の約束通りに要之助へ養子の話をしておいたのだが、深いため息が出るばかりだった。  おえいが先に子供を産んで、その子を世子にと望んでいるのは知っていた。しかしまさか、進太郎の殺害を画策しているとは思わなかったし、他家に飛び火してしまったなどとは予想だにしていなかった。 「それもよりによって、本宮家の世子夫婦に……はあ」  幕内には、ある噂がある。御三卿でもないのに、なぜか本宮家は徳川家にも御三卿にも親しい。それは神君家康公と本宮家がかつて大事な約定を交わし、それを今も守っているからだと。  将軍の上にいる本物の竜は、本宮家ではないか、と。  勿論本宮はそれを否定し、恐れ多い事と言う。そして将軍は笑って本気に取り合わない。  しかし、一握りの者だけに囁かれるその噂は、消える事がなかった。 (特別大きなわけでもなく、むしろ石高は高くもない。それなのに……。  何にせよ、他家に我が家中の内紛を知られ、結果的に世子を害してしまったは事実)  大島も腹をくくっていたのだった。  
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