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祝言でござる(7)狸と狐
5人は少し離れたところにある神社の石段に腰かけた。
「父は植村為義。勘定方の責任者でありました。真面目を絵に描いたような人間だと、父を知る方は皆さまそう仰います。
それが先々月、いきなり藩金横領の咎で捕縛され、あれよあれよという間に、江戸家老南方様の命で切腹となったのです」
これに、皆が眉を顰めた。
「十分な調べはなされたのか?」
光三郎が訊くのに、直太朗は悔しそうに首を横に振った。
「参勤交代で殿がいらっしゃる前にゴタゴタを片付けたかったのか、同僚の方も詳しい調査をと口添えしてくれたのですが……。
父は、死ぬ前に言いました。自分はそのような事はしていない。だが、勘定方としてそれに長く気付けなかったのは自分の責であるので、腹を切ってお詫びする。お前が家督を継いだ後は、これまで通り、藩に、本宮家に、一命を賭してお仕えせよ、と」
声が湿り気を帯びた。
それを振り払うように、直太朗は顔を上げた。
「それで、家督相続が認められ、仕事を覚える傍ら、どうにか真犯人を見付けられないかと調査をしているのですが、先程、浪人者に襲われたのです」
皆、ううむと唸った。
「まずは、お父上の事、無念であったな。お悔やみを申す。
それと、実にご立派な御仁であったな」
秀克が言い、それに合わせて皆が頭を下げ、直太朗はとうとう涙をこぼした。
「そのような事が起こっていたとは……。
あの狸親父め」
と呟いた。
「それで、なにか収穫はあったのかな?」
宗二郎が訊くと、暗い顔で直太朗は首を振った。
「まだ、何も。お恥ずかしい話ですが、難しくて、からくりを読み解くところまで知識が追い付いておりません」
「専門の知識が必要であろう。致し方がない。
帳簿は、信用の置けるお父上の御同輩にお願いして探っていただいた方が良いかも知れんな」
秀克が言い、佐之輔が頷く。
「それがいい。そうなるように手配をすぐにいたそう。父上に――お父上に言ってくれるか、宗二郎」
皆は佐之輔の言い回しに怪訝な顔を一瞬したものの、
「うちの父は本宮家の剣術指南役だしね。本宮様が江戸にいらしたら、ちょくちょくお会いする事になるからね。
何せ、本宮様と父は、趣味の友でもあるからねえ」
という宗二郎の言葉に興味を移した。
「何。どんなご趣味なのだ?」
光三郎がすぐに引っかかる。
「碁に、馬に、絵。歌を詠みあったりもするなあ」
「それで、どっちが上手いか言い合いになって、弓とか馬とかで決着をつけようとするんだから。子供みたい」
佐之輔と宗二郎はあはははと愉快そうに笑うが、秀克、光三郎、直太朗は、笑っていいのか悩んで曖昧な顔を浮かべるのにとどまった。
えへんと咳払いをし、秀克が本題に戻す。
「だから、植村殿は表向き、諦めたように見せかけた方がいいだろう。何かわかったら、すぐに知らせよう」
「はい。ありがとうございます」
「しかし、南方様か。俺と秀克は国許から出て来たばかりだからな。どういう方だ?よく知らぬのだ」
光三郎が訊く。
「南方武衛門は江戸家老で、いつもふんぞり返って、派手で、狸そっくりだ。息子の琢磨は狐に似ていて、並んだら笑えるぞ。どちらも派手好きなのは親子だな。
こちらはいつもニヤニヤとしていて、取り巻きを引き連れているそうだ」
佐之輔がそう言い、宗二郎が継ぐ。
「2人共、吉原にもよく出入りしているそうですよ」
「まあ、江戸家老ともなればお役目上の必要もあるだろうが」
光三郎が言うが、
「完全な私用ですよ。もう、やりたい放題ですね」
と宗二郎がきっぱりと断言する。
「私も聞きました。陰で、『殿が国許にいないときは、南方様が殿の如く振る舞う』と言っているそうです」
これに、秀克、光三郎、佐之輔が目を吊り上げた。
「断じて許し難し!」
「勘違いも甚だしいな」
「親子共々、ギャフンと言わせたい!」
「大体、急ぐという所が怪しい」
「あの派手さ、案外真犯人は南方だったり?」
「光三郎。徹底的に調べて、もしそうであったら許してはおかんぞ」
「おう!」
「あ、あの?」
戸惑う直太朗を、にこにこと宗二郎が宥めた。
「心配ないよ。
それより、私の事は宗二郎でいいよ」
「私も佐之輔と呼んでくれ」
「俺も秀克でいい」
「俺は光三郎だ」
「で、では、私も直太朗とお呼びください」
光三郎は笑って、ばんばんと直太朗の背中を叩いた。
「がはははは!友人だろう?敬語もいらんぞ!」
笑いながら立ち上がり、心太でもと歩き出した時、ばったりと身なりのいい商人と会った。
「あ、この間の!」
押し込み強盗に入られた所に行き合わせた、あの店の主だった。
「あの節は誠にありがとうございました」
「ケガを負った方はその後いかがですか」
宗二郎が訊くと、主はにこにことした。
「はい。おかげさまで順調に回復いたしております。
本当に、心から感謝いたします。どうか失礼でなければ、お礼にぜひ一席設けさせていただけないでしょうか。
そうだ。お若い方ばかりだし、吉原に参りませんか」
「え。吉原?」
5人は同時に同じ事を考えた。すなわち、『渡りに船』だ。
「しかし、厚かましいのでは……」
宗二郎が迷うように言うが、
「とんでもございません。是非」
と主がニコニコとして言い、5人は恐縮しながらも、『しめた!』と心の中でガッツポーズをしたのだった。
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