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祝言でござる(1)切腹
その日、ある武士が切腹を申し付けられて、腹を切った。さる大名家の江戸屋敷の勘定方、植村為義だ。
妻と嫡男である子供1人を残しての死だ。
為義は息子の直太朗を呼んで正座をして向かい合い、言った。
「父は、かような事はしておらぬ。しかし勘定方として、藩金横領に気付けなかった責がある。だから腹を切るのだ。
よく見ておれ、直太朗」
「そんな、ち、父上」
「狼狽えるな。この植村家は断絶を免れた。お前は家督を継ぐのだぞ」
直太朗は、拳を握り締めて、涙を堪えた。
「家と、母の事を頼んだぞ」
「はい」
「直太朗。達者で暮らせ。そして、変わることなく殿に、藩にお仕えせよ」
「はい、父上」
それが、親子の最後の会話になった。
そしてひっそりと弔いが行われた中、家中で色々な噂が囁かれた。
「あの植村がなあ」
「やっていないと主張していたそうだぞ」
「それでも腹を切ったのは、勘定方として責を問われたのか」
「だろうな。あいつは真面目だからなあ」
「それにしても、えらく急だな。それに、殿様にお伺いはおろか、ご報告もないままだろう」
「南方様が急がれたらしい。もうすぐ、参勤交代で殿様が江戸にいらっしゃる。その前に問題を片付けたかったのだろう。その代わりに、御家断絶もなく、嫡男を代替わりで当主とするという約定を交わしたらしい」
「殿様がいらっしゃってたら、急いで腹を切らせる事もなかっただろうし、いくら勘定方の落ち度でも、切腹までは御命じにはならなかった筈だ」
「ああ。せめて佐奈様のお耳に入っていればなあ」
「聡明な佐奈様は、詳しい調査を御命じになられただろうにな」
そんな噂を耳にした直太朗は、ただただ悔し涙を堪え、藩金を横領した真犯人を見付けて父の汚名をそそぐ事を真新しい位牌に誓ったのだった。
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