018『江ノ島・1』

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018『江ノ島・1』

魔法少女マヂカ・018   『江ノ島・1』語り手・友里   残念な顔をするのに苦労した。  お父さんの仕事の都合で日帰り旅行に変更になったんだ。ほんとうは鬼怒川に一泊二日の予定だった。泊りで、ずっといい子にしているのは気が重かったから、言われたとたんにフッと胸が軽くなる。 「いいよ、これからもずっと家族なんだし、旅行なんていつでも行けるよ」  言ってからしまったと思う――これからもずっと家族なんだし――という言い方は、なんだか意識的すぎて、家族であろうとすることが重荷になっているような響きがある。でも、返事するのに間が空くよりはよかった。  行先は江の島だ。  これは素直に喜べた。子どものころから何度も行っている。遠足で二度ほど、家族でも数回行っている。 「お弁当持っていこう!」  お母さんの一言で、小田急で行くことに決まる。  電車的には江ノ電に乗っていきたいんだけど、江ノ島でお弁当を食べるなら、水族館前の海辺と決まっている。  水族館は小田急江ノ島駅が最寄りの駅だからだ。  夏場は海の家が一杯並ぶ湘南の代表的海水浴場。この季節は、うち同様にお弁当を広げる家族連れのメッカになる。  江ノ島水族館と言っても江ノ島にあるわけじゃない。江ノ島の対岸、江ノ島弁天橋を左に据えて江ノ島と湘南の海岸がパノラマみたく臨める場所だ。  水族館と砂浜の間、大階段になったところでお弁当を広げる。  死んだお母さんとお弁当食べたのは砂浜だった。お父さん、微妙に場所をズラしている……ま、当たり前だよね。  お弁当は夕べ作った。シェフはお母さんだけど、わたしも妹と一緒に手伝う。  お母さんのお弁当は真智香が「美味しい!」と叫ぶほど出来がいい。あのお弁当があったから真智香と友だちに成れた。  いわば来福のお弁当。  それを広げて、お父さんに「ここはお母さん、そこが友里で、こっちが茜里(妹)が作ったんだよ」と解説する。 「腹ごなしに走るぞ!」  茜里に声を掛ける。  姉妹で犬ころのように砂浜を駆ける。大階段ではお父さんとお母さんが砂浜のわたしたちを見ている。背景は湘南の海と江ノ島と青い海! 家族を感じるには絶好のロケーションだろう。  走り疲れて、砂浜で大の字になる。茜里は貝殻を拾っている。  潮騒が心地よく、いつの間にかウツラウツラしてくる……これくらいの距離感がいい……両親の視界の中で自由にしていられて、妹の茜里が近くで遊んでいる。不器用なわたしには、これくらいの距離感が……。  ふいに、誰かが前に立った気配がした。  お母さん?……待って、いま笑顔になるから。  目を開けて顔をあげると……ほとんど裸の女の人が立っている。  すぐ近くには茜里がストップモーションになっている……いや、視界に入る人たちや、空のトンビさえフリーズしている。ただ、波だけが規則正しく打ち寄せている。  女の人は青い髪をお団子に結って、薄衣をなびかせ、手には琵琶を抱えている……肌は抜けるように白く、優し気に微笑んでいる。どこかで会ったことがある……。  この人は……江ノ島の弁天様!?  思い至ると、弁天様は微笑みの出力を上げて、ポロロ~ンと琵琶をかき鳴らした。 
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