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019『江ノ島・2』
魔法少女マヂカ・019
『江ノ島・2』語り手・友里
えと……あの……服着てもらえませんか。
「え、どうして?」
「だって、海水浴のシーズンじゃないし、いや、シーズンだって素っ裸って人はいませんから」
「江ノ島の弁天様って素っ裸って決まってるよ」
「え、いや、人の目がありますから……」
「時間が停まってるからいいじゃない」
「でも、いつ動き出すか分からないし、ひょっとしたら時間が停まっても見えてるかもしれないし……だいいち、波は打ち寄せてるから、ちゃんと時間が停まってるのかも」
「あ、そっか……」
ポロローン
弁天様が琵琶を一掻きすると、ゲーム画面がフリーズしたみたいに波が停まった。当然なんだろうけど波の音もカットオフしてしまい、磯臭さも消えてしまった。
「え……あ、あ……」
「臭いだって、いろんな微粒子が飛んでるのを吸い込んで感じるんだからね、停まってしまうと、微粒子を吸い込まなくなって、こうなっちゃう」
「えと……じゃ、波だけは」
ポロローン
潮騒が戻った。
切れていたスピーカが回復したみたいに、いきなりのカットインなので、たじろいでしまう。
「ハハ、やり直し」
ポロロ~ン
ドップ~ン!!!
マックスの波音がカットインしてビックリしてしまった。
「ごめんごめん、波音の調整なんて、頼朝くんが北条政子を口説き落とす時にやって以来だったんでね……これくらいかな?」
ポロ~ン
今度は静かにフェードインしてきたので、やっと落ち着ける。
弁天様のコスも、今どきのジーンズにカットソーに変わって、やっと心臓のドキドキも収まった。
「えと、弁天様が、なんのご用なんでしょうか?」
「目と鼻の先で落ち込まれてると気になるのよ、ほら、わたしのお堂の真ん前でしょ」
弁天様が指差した先、海を隔てた江ノ島の中腹に江の島弁天の甍が見える。
「それに、友里ちゃんのご先祖も、ずっと信仰してくれてたしね。江戸時代にはけっこう寄進もしてくれたんだよ。カスタマーサポートって感じでもある」
ポロ~ン
「そうなんですか」
「友里ちゃんは構えすぎで過敏すぎなのよ。もっと普通でいなきゃ」
「普通ですか……普通って難しいです」
「でもね、構えすぎてると、さっきの波の音みたいに失敗するよ」
「でも……」
「テンプレート設定をやってみよう」
「テンプレート?」
「うん、手伝ってあげるから、やってみ」
ポロ~ン
琵琶の一掻きで、目の前にツールバーが現れた。
ピアノの鍵盤の十倍ほどのフェーダーがあって、その上のインジケーターが波のように揺れている。
「説明してると長くなるから、わたしが示すフェーダーを下げて行ってごらん」
弁天さんが指を動かすと、数十個のフェーダーが点滅し始めた。
「点滅が収まってグリーンに変わるところまでやってみ」
「は、はい」
指示に従って操作する。五つほど調整の難しいものがあった。ストライクゾーンが極端に狭く。なかなかドンピシャにならない。
つい、スマホかタブレットの要領になってしまい、指で画面を大きくしてしまう。すると、目盛りの間隔が広がって、うんと調整がしやすくなる。
「……こんなもんでいいですか?」
「おっけおっけ。これで必要以上に構えたりはしなくなるから。それと……」
弁天様は、違う画面を呼び出した。
妹が事故に遭った東池袋の道路だ……わたしが歩いている。お母さんと妹を見つけて……逃げずに、そのまま歩いて行く。
わたしの横を、車が追い越して、同時に子犬を追いかけて妹が飛び出す。
危ない!
わたしの声は間に合わずに妹は撥ねられてしまった。
「分かったかな、友里ちゃんが通りかかっても間に合わないのよ。友里ちゃんは自分で思うほど反射神経良くないからね。今のだって……ほら、妹の飛び出しに気づいて声をあげるまで二秒近くかかってる」
「そうなんだ……」
「たいていの人間はこうなるから、あまり気に病まないでね」
「は、はい」
「次は、家族の問題ね。ほら、あそこを見て」
弁天様が指差した砂浜には見覚えのある『龍連の鐘』が立っていた。金の前には南京錠を着ける鉄柵まで用意されている。
「あれって……」
江ノ島の対岸にはあるはずのないものにビックリして振り返ると、弁天様の姿は無かった。代わりに――YOUKAI――と苗字を彫り込んだ南京錠が落ちていた。
「ねえ、こっちおいでよ!」
いつのまにか時間が動き出して、龍連の鐘のところに両親と妹。妹が千切れそうなくらいに手を振って、わたしを呼んでいる。
「あら、友里ちゃん、準備の良いこと!」
お母さんは南京錠をわたしが用意したものと思って喜んだ。
「新名所かもな。ほら、恋人に限らず、全ての人の繋がりを豊かにしますと書いてある」
「ひょっとして、うちが一番乗りかもよ!」
妹がピョンピョン跳んで喜ぶ。
「じゃ、さっそくやってみようか!」
お母さんの提案で、鐘を鳴らして南京錠を掛けた。
いつのまにか、はるか伊豆半島の向こうに夕日が没しようとしていた……。
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