026『退治!』 

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026『退治!』 

魔法少女マヂカ・026『退治!』 語り手:マヂカ     黒々とトンボロが江ノ島に向かって伸びている。  大潮の大干潮によって日ごろ見えない海底が顔をのぞかせただけのことなのだが、傍らを走っている江ノ島弁天橋の影が妖よって太らされた地獄の血脈のようにも見える。  むろん数多の観光客にとっては千載一遇と言っても過言ではないイベントであり、潮干狩りを楽しむ者、江ノ島までの散策を楽しむ者たちで賑わっている。  魔法少女という因果な属性でなければ調理研の仲間を誘って潮干狩り……そう八音の待合を借りて湘南の海の幸を満喫しただろうなあ……あさりの酒蒸しが休眠前の思い出と共に沸き上がって来て閉口だ。  フルフルと頭を振って思い出を断ち切る。  トンボロに足を踏み入れると風景が一変した。  観光客の姿は掻き消えて、空も海も茜に染まり、彼方の江ノ島は血液が凝固したような赤黒さで鎮もっている。  マヂカ様……マヂカ様……  声がしたかと顔を向けるとトンボロの向こうから稚児が駆けてきた。神田明神のコンタクトレンズを着けているので、稚児の本性がありありと分かる。  ケルベロスが言った通りだとどうしようと密かに慄いていたが、どうやら蝦蟇の尻の穴ではなかった。  稚児の姿はしているが、半透明で、目を凝らすと蒲の穂先のよう。軸の所を持って誰かがユラユラと揺らしているように見える。軸は途方もなく長いもので元の方は江ノ島の赤闇に没している。  蝦蟇と蒲……同音異義の洒落か。ここは騙されておこう。 「先日は御無礼申し上げました。主人の蝦蟇共々船出いたしましたが、折からの嵐に出会って船を痛めてしまいました。やむなく江ノ島に引き返し船の修理をいたしております。しばしのご容赦を頂きますようお願い申せとの主の言葉でございます」 「そうか、それは難儀なことであるなあ。分かった、そういう事情であるなら仕方がない。それはそれで良いとして、ちょっとお前に確かめてもらいたいものがあるのだ」  口から出まかせが出た。稚児をわたしの後ろにまわし蝦蟇との間に入らなければならないと閃いたのだ。 「なんでございましょう?」 「いや、こちらの岸で別の蝦蟇の気配がするのだ。お前たちが退散しことはこっち側の人たちにも伝えてあるのでなあ、それをどこからか聞き伝えたよそ者の蝦蟇がやってきたのではないかと思ったのだ」 「どこに居るのでしょうか?」 「車に化けておる。ほら、江ノ島に向かって引きも切らずに車が入って来るだろう、その中に混じっている。気配を感じて目を凝らしたら、いっしゅん姿が見えた。しかし、たちまち車の列に紛れて分からなくなってしまったのだ。おまえも見てはくれないか」 「はい、それは一大事でございます」 「近づかなくては見えないぞ。わたしが見えたのも横断歩道を渡ったときだったからな」 「はい、心して」  車列に近づこうとして、稚児はわたしの後ろに回った。  近寄ると、稚児は完全に蒲の穂先で、軸は金色の紐のように輝いている。 「ようく目を凝らして見ろよ」 「はい!」 「信号機のあたりのが怪しいぞ!」 「はい!」  今だと思った。蒲の軸を掴まえるとジャンプ! 渾身の力で引っ張った!  手ごたえはすぐに来た!    ゲローーーーーー!  島の向こうから後ろ向きに蝦蟇が飛び出した。なんと、蒲の軸は蝦蟇の尻尾だった。蝦蟇は蛙だから尻尾などあるはずがないのだが、九百年も島に蟠っているうちに尻尾が生えて、それで弁天様や善良な人々をたぶらかしていたんだ。  しかし、蝦蟇は巨大だ。ケルベロスを連れてこなかったことが悔やまれたが、もう蝦蟇は目の前だ!  自然と刀を持つ手つきになった。信じられないが、ここに至るまで蝦蟇と対峙して始末をつける方法を考えていなかった。しかし、ここに至って閃いた。乾坤一擲の今、敵を屠る刀が必要、必然だ。  瞬時に手の内に刀が出現した! 目の前一杯に蝦蟇の後姿が迫ってきた!  トリャアアアアアアアアアアアアアアア!!  すさまじい手応えに吹き飛びそうになるが、あやうく堪える。  視野の端に空飛ぶ蝦蟇!  飛んでいく方向は鎌倉の沖あたり……しかし、蝦蟇が鎌倉に達することは無かった。  空中で開きのガマになったかと思うと、あっという間に星屑のようになって湘南の空に消えてしまった。  あっけなく蝦蟇退治が終わった……。  
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