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027『ちょっと一息』
魔法少女マヂカ・027
『ちょっと一息』 語り手:マヂカ
ヒュン!
切っ先が初夏の風を切った。
真夏ほどではないが三十度にもなろうかという気温。マンションの屋上はコンクリートは焼け始めて、さっき撒いた水が陽炎になっている。空気は膨張して密度を下げているので、もっと頼りない音になるかと思っていた。
――まるで、極寒の大地で刀を振るった時のようだな――
せき上げるように極寒の大地での思い出が蘇ってくる。それを断ち切るように二閃、三閃と太刀を振う。
――ちがう! あれしか方法が無かったのだ!――
封印していたあの時の記憶が蘇りそうになって、思い切り跳躍、跳躍の頂点で旋回してさらに風を断ち切る。断ち切ってしまわなければ七十余年前の記憶がまざまざと蘇る! 続けて太刀を振う!
トリャアアアアアアアアアアアアアアア!!
裂ぱくの一閃は閃光の衝撃波となって白い尾を引いて伸びていった。
パラパラパラ……ヘリコプターの長閑な爆音にやっと我に返る。
なにやってんだか……。
左手を胸の高さに上げると鞘が現れ、熟練の手さばきで刀身を収める。
「なにやってんのよ、朝っぱらから」
声に振り返ると姉の綾香。
「ああ、刀に名前を付けようと思って」
「江ノ島で蝦蟇を退治した時のね」
「うん、きっと休眠前に使ってた刀で、きちんと名もあるんだろうけど、名前思い出したら、良くない記憶も蘇ってしまいそうで」
「それで、名前浮かんだ?」
「うん、風切丸」
「ハハ、まんまだね」
「いいのよ、呼びやすくって」
鞘を握る手を緩めると風切丸はボールペンに姿を変えて、それを胸ポケットに差して階段に向かう。
友里が新しいお母さんと上手くやって行けるように一肌脱いだことが、江ノ島の蝦蟇を退治することにまで繋がってしまった。ま、江ノ島弁天の八音さんとも仲良くなれたから結果オーライなんだけどね……弁天さんて偉いよなあ、八音さんは擬態なんかじゃなくて分身なんだ。分身としてリアルな生活も持ちながら仏神も務めている。わたしも分身出来たら……いやいや、まだまだ修行、いや、休養だ。
「行ってきまーす」
妹らしい声をあげて家を出る。OLの綾香姉の出勤は、わたしより三十分遅い。「ごめんゴミ出しといて」の声に過不足のない不満な顔を返す。お向かいさんに「お早うございます!」と元気に挨拶。
早くも東池袋の良き住人、はつらつと駅に向かう。
うちは東池袋でも南東の隅っこなんで、最寄りの駅は大塚だ。
つづら折れに進んで、ランドマークである大塚台公園にさしかかる。他にも道はあるんだけど、公園の緑がいいアクセントになるので、このルートで定着しそう。
「おはよう、真智香!」
「あ、友里もこの道?」
空蝉橋通り(うつせみばしどおり)に出たところで友里の声。
「うん、公園の南っかわ通ってるんだけど、きのう真智香が歩いてるの見て、今日は北っかわにしてみた。ドンピシャだね」
「アハ、そだね」
「これから、ここで待ち合わせよっか?」
「う~ん、なるべくね。ズボラ姉貴といっしょだから、いつもこの時間とは限らないからね」
「そっか、じゃ、出会ったらってことで。わたしは、いつもこの時間だし」
新しいお母さんともうまくいっているようで、表情もイキイキしている。
ま、これでよかったんだ。明日からも、できるだけ、この時間に間に合わせよう。
公園の南側を抜けると都電荒川線の谷。ぽっかりと空が開け、目の前をゆるゆると上りと下りの電車がすれ違う。都電に沿って坂道を下ると大塚駅だ。
駅までの道を友と歩く。こんな感じの毎日が続けばと思った。
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