勇者の行進

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 夕飯の支度に大根を切っている時、手元の包丁にふと意識を寄せる。すたんっと小気味いい音を立てて大根がキレイな輪切りになった。カタログギフトで注文した新しい包丁だ。手首に当て、ほんの少し横に引くだけで、簡単に麻美の血管を裂いてくれるだろう。これしか方法はないのかもしれない。  浩一が執着しているのは麻美だけだ。沙希のことはかわいがってはいるが、麻美と一緒ではない沙希には興味も示さないはず。  だから、私一人がいなくなれば――。 「アハハハ!」  甲高い笑い声でハッと我に返った。  沙希が、アニメを見ながら笑い転げていた。弱くて一人じゃ何もできない勇者が、仲間に助けられながら魔王を倒すコメディだ。沙希はこのアニメが好きで、毎週欠かさず見ている。 『逃げたままでいいのかよ!』  主人公の勇者の声が耳に届く。 『逃げたって、どうせいつかあいつは俺達を追ってくるぞ』  心臓が跳ね上がった。 『だったら、逃げずに戦おう!バケモノを倒すんだ!』  そんなことは無理だ。戦った結果、もっと事態は悪くなったではないか。  今や、あの男が帰宅する時間が近づくたびに死にたくなる。まともに顔を見るのが恐ろしい。私が勝てるわけがないのだ。 『さぁ、倒しにいこう!』  やめて。無理だ。降ろさせてほしい。もう、疲れ果てたのだ。  麻美は耳を塞いでその場に座り込んだ。                  
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