マクギーの家

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マクギーの家

ここだ。おじいちゃんから教わった場所に確かにマクギーの家はあった。ごくごく普通の丸太小屋だ。とても皆が恐れている”バケモノ”が住んでいる家とは思えない。玄関ドアの前で立ち止まる。ノックしたいけど手が動かない。絶対にやり遂げてみせる、と道中では息巻いていたのに。いざ着いてみると急に怖くなってきた。小さい頃から「あの場所だけは行ってはいけない」と言われてきた場所だ。どんな恐ろしい生き物が住んでいるのだろう、と気にはなった。けど、周りの大人があまりに真剣な顔で言うので、それを信じてこの場所には今日まで近寄らなかった。 「誰だ」 ドアの向こう側から声。なるべく足音を立てずに来たのに。どうして私がドアの前に立っているのが分かったのだろう。窓から覗いているのか。でも、窓の向こう側には誰も立っていない。ドアに覗き穴も無い。ますます分からない。矢張りマクギーはとんでもない"バケモノ"だ。 「誰だ、と訊いてるんだ」 また声がした。これ以上黙っているとまずいかも。 「あ、あの、トリッシュと言います。イスキ村から来たんです」 沈黙。いきなり何しに来たんだとでも考えているのだろうか。ドアが少しだけ開いた。その隙間から誰かがこちらをじっと見つめている。マクギーだろうか。おじいちゃんはこの家にはマクギーしかいないと言ってたけど。 「どこか怪我でもしたのか」と覗いている相手は言った。そこで私は自分の手に血がついている事に気付いた。どこで付いたんだっけ。少し考えて、これは自分の血ではない事を思い出した。 「こ、これは、友達の血です。友達が、その、斬られて」 「斬られて?誰にだ?」 「二人組の奴らです!赤いサソリみたいな刺青が顔にある連中で!」 二人組か、と相手は言った。心当たりがあるらしい。兎に角、話を聞いてもらおう。その為にここまで来たんだから。 「な、中に入れてくれませんか。話があるんです。大事な話が」 返事は無かった。ドアを開ける様子も無い。私の事を疑っているのだろうか。これは罠ではないかと。でも、相手はドア越しに私が一人で来た事を感知した。他に誰もいない事も分かる筈だ。 「悪いが」と相手はようやく口を開いた。「帰ってくれないか。面倒事はごめんだからな。特に"君ら"の面倒事には」 君らって何よ、君らって。怒鳴りつけてやりたくなった。確かに私たちとマクギーは全く違う種の生き物だ。それだけでなく、私たちはマクギーの事を"バケモノ"と呼んで蔑んでいる。私たちの話を聞く義理はマクギーには無い。でも、今の私にはそんな事はどうでもよかった。苦労してここまで来たのに、ほんのちょっとでも時間を割いてくれないのかと怒りがこみ上げてきた。 「お願いです!話を聞いて下さい!このままじゃ、このままじゃ村の皆が殺されます!私の友達も殺されちゃいます!!」 これでマクギーがドアを開けなかったら無理矢理入ろう。そう思いながら、相手の目を睨みつけた。直ぐにドアは開かなかった。かと言って、また帰れとも言わなかった。お願い。ドアを開けてよ。もう一度言おうとしたところで相手はドアを大きく開けた。
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