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トリッシュの願い
食べるか。マクギーは妙な汁物を差し出してきた。何、これ。異様にドロドロしてて美味しそうに見えない。おまけに得体の知れない粒状の物体が無数に入ってる。そもそも"バケモノ"が好んで食べるものを食べて大丈夫なんだろうか。イスキ村からここまで何も食べないで来たけど、全くそそられなかった。お腹はすいてませんから。そう言って汁物から目を背けた。じっと見てるだけで呪われそうだ。マクギーは特に機嫌を損ねる事なく、皿を下げた。そこの椅子に座れ。何があったのか最初から説明しろ。それだけ言うと、マクギーは正面の椅子に座って汁物を啜った。どこから説明しよう。もたついてられない。一刻も早くマクギーと一緒にイスキ村に戻らないといけないのに。でも、マクギーを納得させるには矢張り彼に言われた通りに何が起こったのかを説明しないと。そう思いながら、脳裏に二人組の事を思い浮かべる。
「最初にやられたのは村で一番の力持ちのラチャンスさんでした」
イスキ村から急いで脱出した後も、ずっとラチャンスさんの悲鳴が頭にこびりついて消えなかった。思い返すだけで吐き気がする。二人組はいきなり現れて、仕事中のラチャンスさんの右腕をはねた。
「二人組の剣さばきは速いなんてもんじゃなかった。剣の動きが全然見えなかったんです。力のある仲間はみんなやられました。二人組は私たちが抵抗出来なくなったのを見て、食べ物や金をよこせと言い出しました」
私たちは言われた通りにした。けど、二人組の蛮行はそれで終わらなかった。私たちの中から二人ずつ無理矢理向かい合う様に座らされ、ロシアンルーレットのゲームを始めたのだ。二人組はどちらが死ぬかを私たちから盗った金で賭ける。最初にやれと言われたエムリンさんは拒否して逃げようとしたところを後ろから斬られた。二人組に殺されるか、ゲームに参加して殺されるかのどちらか。私たちに突きつけられた選択肢はその2つしか無かった。おじいちゃんはこのままではまずい、と二人組が余所見をしている隙に私に逃げる様に言った。
"マクギーのところへ行け。あの二人を倒せるのはマクギーだけだ"
その言葉をそのままマクギーに伝えると、マクギーは鼻で笑った。
「もしかして、そのおじいちゃんってドゥサンダーのじいさんか」
「そ、そうです。おじいちゃんの事を知ってるんですか」
マクギーは肩を竦めた。
「ドゥサンダーじいさんとは腐れ縁でね。君が生まれる前からの付き合いってわけだ」付き合いという部分にマクギーは皮肉を感じさせる様に言った。どうやらあまり良い関係、とは言えないらしい。まあ、それもそうだろう。おじいちゃんは普段はマクギーの事を"バケモノ"と呼び、決して"バケモノ"に近付いてはならないと私を含む村の子供たちに厳しく教え込んでいた。私にマクギーの所へ行く様に言った時もこう付け加えた。"毒を持って毒を制す。バケモノにはバケモノ、だ"と。流石にこれはマクギーには言わなかった。「あのじいさんが俺のところへ君を寄越したのは自分が行くと俺が断るから、だと思ってるんだろ。君は利用されたんだな。俺と同じだよ」
「お、おじいちゃんは誰かを利用しようとかそんな事考えてないわ。ただ、純粋にあの二人組を何とかしてほしいと思って」
「なら自分で何とかしたら良い。都合の良い時だけ俺を呼び出すのはやめろ。帰ったらそう伝えてくれるか」
冗談でしょう。私にここまで話をさせて、"はい、さようなら"ってわけ?ふざけないでよ。ぎゅっと拳を作った。マクギーはそんな私などお構いなしに下げた皿を持ってキッチンに向かった。背を向けたその姿は笑ってしまう位、隙だらけ。頭をどついてやろうとそっと近寄る。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと。ほんの数センチというところまで来てもマクギーは気付かない。何でおじいちゃんはこんな奴を頼ろうとしているんだろう。こんな奴じゃ、あの二人組を倒せる訳ないのに。右腕を大きく振り上げた・・・次の瞬間。
「その手で何をする気なんだ?」とマクギーがこちらを向かずに言った。
嘘でしょう。どうして分かったの。頭の後ろにも目ん玉がついてるんだろうか。そうは見えないけど。おじいちゃんから聞いた事があるけど、本当に強い者は殺気とか気配だけで敵が何をするのかを読めるという。マクギーもそういう特技があるんだろう。相変わらずマクギーは私に背を向けている。私に殺意やら敵意が無い事を分かっているからだろう。それでも私はマクギーから離れた。噂通り、マクギーはとんでもない奴だという事を実感した。でもマクギーなら確かにあの二人組を倒せるかもしれない。そうと分かれば何としてでもイスキ村にマクギーを連れて行かないと。
「ただで来てくれとは言わないわ。これを」家から持ってきた金貨数十枚をポケットから取り出した。「足りないと言うならもっとあげてもいい。けど、残りは家にあるから。村に戻らないと手に入らないわよ」
マクギーは金貨には目もくれず、やれやれと首を横に振った。
「どうしても俺をイスキ村に連れて行かないと気が済まない様だな」
当たり前でしょ、と言い返したかったけど堪えた。渋々といった感じでマクギーはイスキ村に行くと言ってくれた。第一段階突破といったところか。でもまだ終わりじゃない。マクギーが二人組を絶対に倒せるとは限らないのだから。出掛ける支度を始めたマクギーに一番気になる事を訊いてみた。
「あの、何で私が後ろから殴ろうとしてるのが分かったんですか?」
マクギーはキッチンを指差した。その先には鏡があった。
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