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第二十五話 酒場での一時
───洞窟から町へと帰って来た空色の青年。彼は行きつけの酒
場へと足を運び、其処で店に居合わせた知り合い達に呼ばれ。彼
等とテーブルを囲む事に。
「え゛!?」
「あーその反応! やっぱ知ってたんでしょー!」
俺の対面では椅子の上に立ちテーブルに両手を付き、その小柄な
身を乗り出し“ほらね!”と言わんばかりの表情を見せる獣人っ
子の姿。
リュゼは何時もの身軽な革鎧姿ではなく、今回はフード付きのダ
ボッとしたスウェットパーカー姿。小柄な身長だからか後ろ丈、
魚の尾のようなそれを引きずる様な形になっている。此処には自
動で丈合わせの機能があるので、あれは敢えて引きずってんだろ
うな。
最近は『おとぎ話系コスにハマってるの。』とか言って何故か革
鎧とか着込んで、中世風な見た目装備だったのに。
それも飽きて現代風ファッションに戻ったのか。まあプレイヤー
に依って装備の見た目でゲームモチベが変わるしな、分かる分か
る。それに狐っぽい獣人と現代風ファッションは凄く良く似合っ
てるし。……良いなアレ、見た目装備の組み合わせメモさせても
ら───
「どうなの? ねぇってば!」
「! あーそのー……。(いやこの状況で知り合いの見た目装備
に感想を抱いてる場合じゃないだろ、俺!)」
ラフな衣服から金色のふさふさとした体毛を覗かせ、尖った口を
差し向け俺を問い詰める狐っ娘。キツネ顔のキャラメイクは相変
わらずの出来……じゃなくて! 焦ると余計な事ばっか考えちまう
なぁもう!
今リュゼが言った不具合っての。それは俺の身に起こったあの事
に違いないはずだ! でも何処からそれを聞きつけたんだ? 相棒
が“うっかり。”で漏らすわけないし。でも相棒と俺以外で俺の
事情を知ってるヤツ何て───
「まあまあリュゼ氏。ルプス殿は話したくとも話せなかったの
でしょう。ですな? ルプス殿。」
リュゼと俺の間に差し込まれた言葉。それは左前の席に腰掛けた
甲冑のPC。全身鎧に包まれた上にフルフェイスの兜まで被った
彼、玉蜀黍からの言葉だった。
彼から差し込まれた言葉に思考停止のままに頷いてしまう。
「ほらこの通り。きっと代表者同士話し合いを行なって居たので
しょう。それを周りへ妄りに話すなどは出来ないでござるよ。」
「つまり協議中って事? まぁ……確かに……それなら。」
何かは知らないけど勝手に納得したリュゼは、落ち着きを取り戻
したらしく。乗り出した身を席へ引く。
対面。彼女はそれでも納得出来ないと言う表情でそっぽを向き、
狐な顔で頬を僅かに膨らませ。
「でも、でもちょっとは教えてくれたって良いじゃん。
アタシ達仲間だったんだし。こんな、運営から公式のお知らせ届
く前に知りたかったんですけどー。」
「はぁ!? 運営だとっ!?」
「うぇ!?」
「むお!?」
俺の声に驚く二人。いや此方の方が驚きなんだが?
席を立ち、今度はリュゼと打って変わり俺がテーブルから身を乗
り出し。
「うう、運営って、運営が知っててしかも公にされてんのっ?」
「え、あ。ルプスー……も知ら、ないの?」
「んなもん知るかぁ! 自分の知らん所で自分の話しが出てんの
かよ!」
「???」
気迫に押されたのか“しどろもどろ”とするリュゼ。彼女に代わ
り玉蜀黍が。
「不具合の事実だけは先に公表したのでは? この様にお知らせ
が来てますぞ。」
「お知らせに載ってるの? もうマジじゃん……。」
言いながら玉蜀黍は仮想インターフェースの窓を開き、お知らせ
の記事ページを開いては此方に窓を向けてくれた。
俺はどう言うこっちゃと記事を覗き込むと、そこには……。
『運営から“現在判明している不具合”のお知らせ。
先日終了した大規模イベント『十二の試練を越えて勇を示せ!』
内に置ける一部特別討伐対象ボスモンスターの難易度について。
本イベントに置いて実装されました一部ボスモンスターの難易度
が、開発の想定よりも遥かに高い状態で実装されてしまった不具
合を確認しました。イベント楽しみにしてくれたプレイヤーの皆
様には多大なご迷惑をおかけしてしまい───』
と言った内容で。何時ものように要点だけで済まさず、飛ばし読
みもせず最後まで読み込む、が。俺については勿論、その事情の
一欠すら無い。うん、無いな。
「ふぃー……。んだよこんな事か。はぁー焦った。」
俺の今の状態は現代科学とかそこらの観点で見たら最高に奇跡な
状態。もし俺の事が魔法や物珍しに飢えている世間様にバレた日
には、見世物小屋ならマシ。実際は何か政府とかそこらに仮想実
験動物として身柄を拘束されて、一生実験ぐらしに違いない。SF
物とかなら絶対そうなるモン。
実験の失敗で自我を失い暴走する俺~……って所まで一瞬で想像
しては肝を冷やし。お知らせに俺の事は無関係と分かり“ホッ”
とした。嫌なモンが想像内に留まってくれた事に心底安堵した事
で、一気に身体から力が抜け。乗り出した身を“ドカリ”と椅子
へ下ろす。
「(てっきり俺の事情。ゲームプレイ中に悲しくも現実でのオレ
が天寿を全うし、この仮想世界に精神だか何だか不思議なアレが
取り残されてしまった事情。それが俺の知らない所で勝手に暴露
されてるのかと思った。)」
んだけど、冷静に考えればそんな筈は無い。
こんな状態になってもう一週間以上は経過してるんだぜ? バレ
てるなもっと早く何かあるはずだしね。はー焦った焦った。
「こんなって……。重要でしょう!?」
「お? おう?」
「アタシ達は間違いなくあの! 極悪最低意味不明理不尽ボスを
倒したんだから!」
「あー……。」
お知らせには“一部”って書いてあったけど、それって俺達がイ
ベントギリギリで最後に戦ったアイツの事だろうなぁ。
討伐不可能だとか話題に成ってたのを、打ち上げで盛り上がって
いた此処で他所パーティーが酒のつまみばりに話してたのが、ち
ょいちょい耳に入ってたし。
けどまさか不具合レベルの強さだったとわなぁアレ。
「うむ。某らは間違いなくあの邪悪なモンスター見事討伐せしめ
たと言うのに、実におかしな話しですな。」
「んーまあ確かに。あん時って討伐数がちゃんと一ってのを確認
したんだよな?」
「した、したわよ!」
玉蜀黍とリュゼと会話しながら、俺は自分で仮想インターフェー
スを開き終了したイベントの詳細へ跳び改めて内容を確認。
あのイベントでは期間中試練と呼ばれるイベントクエストが出現
し、PCがそれを受注する事で専用フィールドへ跳べる様に。
専用フィールドではギミックありの道中を突破する事で、最奥で
待ち受けているイベント限定ボスモンスターを討伐する。と言う
流れの物で、突破系と討伐系の組み合わせイベントだった。
試練と呼ばれるイベントクエストは一つをクリアしては次が開放
されて、それまでの物も何度でも挑戦可能。クリア済みなら道中
を飛ばしてボスと連続戦闘する事も。
なので一度クリアしては、次に行くかその場でお目当てのレア掘
りに勤しむかどうかを挑戦者達は選べた訳だ。
さて既に終わったそのイベントページ内では各イベントクエスト
毎に存在したイベントボスモンスター。その討伐数を確認する事
が出来るのだけど……。最後の試練担当ボスモンスターの討伐数
だけは、零と表記されている。つまりイベントの完全完走者も当
然零と言う訳で。まぁ~マジに難しかったからなぁ最後のヤツ。
「絶対絶対絶~対っ! アタシ達はあのバカみたいなモンスター
を倒したってにさあ! それを無かった事にされるのはムカつく
話しでしょ!?」
「うむうむ。我らは見事善戦し、見事に見事を重ね勝利を勝ち
取ったと言うに。酷い話しでござるざるざる。」
「……勝手にテンション上がって、しかもラストチャンスで魅せ
プしようとしてミスったオマエは何もしてないでしょ?」
「リュゼ氏。」
「あ?」
「拙者達は同じ戦場で戦った仲間。であればその誰が倒れていよ
うと皆が戦友に違いはありませんぞ。」
「ハ? 何言ってんのオマエ? え、まさかチームの勝利とかって
事が言いたいの? スタンドプレイしたオマエが?」
「……。」
「おい、おい何“ウンウン”頷いてるわけ?」
「………。」
「だぁームカツクんだよその態度! オマエはホンッ───!」
黙って感慨深けな動作で頷き続ける玉蜀黍へ、キレたリュゼが何
やら暴言を投げ当てている。
そんな何時も通りな二人は置いておいて、うーん。達成した功績
を無かった事にされた事。その事に対しては俺も大変ご立腹で許
せん思い、なんだけどー……ここは一先ず。
「こう言うのってMMOに限らずオンゲあるあると言うか何と言う
かじゃん? そんな物珍しい事でも憤慨する様な事でも無いんじ
ゃね?」
「……ハァ?」
リュゼは玉蜀黍に向けていた険しい狐顔を此方へ向け。
「あのぶっ壊れた難度を、不具合呼ばわりされるモンスターに
打ち勝った。その事実なくされて悔しくないの? て言うか、そ
もそもルプスなら絶対その事で運営に文句言ってると思ったんだ
けど?」
「んーんしてない。だって俺今知ったし。」
怒り顔から呆れ顔へと変えた狐っ娘が。
「……最後のあれは、難易度に頭がおかしくなったルプスが『意
地でもクリアしたい!』って言い始めて。それで皆がそれぞれ欲
しい物へルプスが付き合ったんじゃん。他は拾わず、彼処だけの
ドロップを貰う約束でさあ───ってそうだ、そうじゃん!」
何か閃いたらしいリュゼ。俺は嫌な予感がビンビン。
「あの時のイベントドロップを見せればさ、アタシ達が討伐した
証拠になるじゃん!」
「おおそれは確かに! リュゼ氏冴えてますなあ!」
ッチ。何時も余計な所で冴えを見せやがって。
フー……。落ち着け俺、此処は冷静に。努めて冷静に話を動か
すんだ。
「あーお二人には残念なお知らせです。」
「「?」」
「あの時ボスドロは何もありませんでしたッ。」
「「えぇー!?」」
「いやラストチャンスでボスドロまで狙える訳無いでしょう
が。普通~に何も落とさなかったよ。」
「あんなにドロップ率アップで挑んだのに?」
「ですなぁ。ルプス殿は惜しまずブーストアイテムまで使用し
ていたのに。」
「惜しまずって……。レアへ挑む時はアレぐらいが最低条件だ
ろ? それにあんなもんでポンポンレアが出れば誰も苦労しない
って。
何にせよ無かった物は無かったの。悲しい現実、オンゲでは当た
り前の不運。」
「アレで最低限とな……。」
「まあそんなもんよね。」
困惑と納得を見せる二人。残念ながら今の話しは全くの嘘。
てかあの時の俺にドロップ品を確認する暇なんて無かったって話
だし。そもそもドロップを今確認する何て事も勿論しない。何故
なら俺はこの件で運営に連絡を取るのが絶ッ対に嫌だからだ。
もしこの件を報告したら当然俺達の周りを重点的に調べられたり
するに違いなく、そんな事に成れば俺の置かれた状況が露見しか
ねない訳で。うん、有耶無耶にすべきだろ、コレ。
「まあさ。この件は仕方ないって事で流そうぜ?」
「ハァ!?」
「ルプス殿。時には御上に逆らう覚悟も必要ですぞ。」
二人共ゲーム好きだし、頑張ったイベントだけに簡単には引き下
がらないよなぁ。だったらもっと流れを変えて。
「確かに。ああ確かに許せねぇ不手際だよ! でも、でもな。俺は
二人程おこには成れないんだよ。」
「何でよ? てかおこって……何世紀前の言葉使ってんの?」
「? 何時ものルプス殿なら『詫び詫び詫び詫び案件!』と嬉々と
して狂喜乱舞すべき案件では?」
「ねぇ?」
「ござ。」
頷き合う二人。俺はそこまで卑しくないぞ、多分。
何時もなら指摘してやる所だけど……。
「それはな。俺達が戦い勝利した思い出、そいつが消えてないか
らさ。」
「……?」
「……。」
「消えて……。ないからさぁ。」
「え。そんな作り笑顔で言われても全然意味不───」
「確かにっ!」
「!? ックリしたぁ……。何急に叫んでるのオマエ?」
叫んだ玉蜀黍は斜めに座る俺の手を両手で“ガシッ”と掴み。
「感動しましたぞルプス殿。いや、思い出に勝る報酬は無いと。
まさにその通りでござるなぁ!」
「ふ。そんな所だよ戦友。俺達の輝かしき記憶と思い出は、決し
て色褪せはしない。そうだろうぅ?」
「ござるぅ! いやぁ拙者、そう言うのホント好き。」
急に素を出したな。おっしこれで玉蜀黍はこの件を有耶無耶に出
来る流れに持ってけた。後は。
「これっぽっちも良い話じゃないと思うんだけど?」
「そこまで詫びが欲しいとは。慎みが足りてませんなぁ、リュゼ
氏には。」
「オマエだってルプス来る前は『詫びがあるなら楽しみです
なあ。』とか言ってたろうが!」
「あれは、ただ楽しみ。と言うだけの話しでござる。全然やまし
い気持ちは無いでござるよ?」
「オマッ……はぁ。」
何かを諦めたらしいリュゼ。
「別にアタシはお詫びが欲しい訳じゃないけど、折角努力して出
した結果を、何か鼻で笑われたようでムカつくって話しなの。」
ナルホド。言いたい事もゲームプレイヤーとして感じてる事も最
もだ。
うーん比較的感情で載せ易い玉蜀黍と違って、リュゼにはもっと
理解を示し、その上で……。
「良く分かるよ。まあ結果が公式に載る事は無かったけどさ、事
実は俺らがちゃんと知ってるじゃん。」
「だけど───」
「分かってるってー。詫び何かじゃなくて、結果を周りに自慢出
来ないのがちっと悔しいよな?」
「! べ、別に自慢したかった訳じゃないし……。」
狐っ子の口がすぼまれる。いや元からそんな形だけどね。
玉蜀黍は分からんが、リュゼは本当に詫びに興味が無い。本人は
表に余り出そうとしてないけど、その実結構なコアプレイヤー思
考の持ち主だと俺は思う。だから詫びで等で渡される物よりも、
自ら勝ち取った物や、その経緯と実績等を褒めてもらう方が好み
だったりする。そこん所は相棒に似てんだよなぁ。
とは言っても。相棒と違ってそれを全面で指摘しても素直に喜ん
だりしない。だから一回此方で共感を見せてー。
「マジ? 俺は結構自慢したかったかどねー。だって不具合レベ
ルのボスを、まさかで討伐したんだぜ? メッチャ自慢したかっ
たなぁ。」
「………ふーん。」
目が泳いでる泳いでる。感情がダイレクトな所がVRゲーの良い所
だよ、マジ。……序に玉蜀も浅く頷いてっし。
「ま実際の話し。運営に報告しても調査に時間がかかるだろ?
それにもしかしたら他にも不具合何か見付かってさ、リュゼ達が
拾ったのとかが回収ー……何て事にも成るかも知れないぜ?」
「え。それはヤダ。アレを手に入れるのにどんだけ素材集めたと
思ってんのよ!」
「いっぱいと沢山の時間。そのほぼ全てに俺が付き合ったから分
かってる。」
「んー……でも。私達が報告しなくても不具合って告知が出てる
訳だから、当然その辺調べられるんじゃないの?」
「いんや。今回は難易度が~って話しだったろ? つまりドロッ
プ品にはついては何も触れられていない。」
「そう言われるとー……そうかも。」
お。傾いて来た傾いて来た。玉蜀黍の方も兜揺れるレベルで頷
いてる。ちと強引だがこのまま。
「だろ? 其処へ俺達がドロップがーとか倒したーとか言って他
まで調べられたら此方が損するかも知れない。
それにさ、今回は討伐数の表記が正しくねぇってだけで実害っぽ
い物はなかったじゃん?」
「難易度がバカ高なボスって実害じゃん。」
「そっちは他所にとってな。まあ……。まあまあ何だけどさ。
俺個人としては今回イベント完走報酬が無いタイプだったから、
別にいっかなぁーって気持ち、なんだわさ。
勿論俺の我儘に二人を付き合わせた事は申し訳ないって思うけど
ね。」
「んー……まー……。ルプスがそう言うなら……。」
ここらでシメにに入るか。
「今回ぐらいは運営を許してやろうぜ? 俺達がアレを倒したっ
て事は当事者だから知ってるとして、だ。実は俺達以外にも分か
ってるヤツってのが居ると思うぜ?」
「「?」」
納得させる為とは言えこれは話したくない、けど。仕方ないな。
「イベント期間中皆が共有してたイベントページ。イベント終了
と同時に集計って一時的にイベントページ閉じられたけど。
俺らが倒したあのギリギリな時間で、同じく粘ってたヤツらな
ら見てたかも……って話し。」
「「!」」
「あん時は終了間際でだったしそんな多くに見られてた分かんね
ーけど。こんな事態に成ってるんだぜ? 不具合レベルのボスを倒
した何て、もしかしたらちょっとした噂に成ってるかも知れない。
この界隈じゃ伝説ってのが作られ易いしな。」
オンゲでは何かと名や偉業ってのが流行り易い。
PVPがバカみたいに強いプレイヤーであったり、難度の高い突破型
ダンジョンでのタイムアタック記録更新など。
完全新規で突破が困難なダンジョンやボス、それのワールドファ
ーストとかね。
俺としては成ってない事をただひたすらに祈り、スクショ何かも
取られて無いよう神に縋りたい気分満々だけど。
「だから、だから敢えて黙ってた方が……。面白いだろ?」
「ま、まあ? そんな事もー……あるかもね。
……はぁ。ルプルプが良いって言うならアタシはもう良いや。」
「拙者も然り。」
「(お。伝説って言葉聞いて二人共意識しだしたな。
露骨にインターフェース開いてそれらしい噂探し出しちゃってま
ーまーまー。)」
伝説、眉唾話、噂。それらが起き易い界隈、だからこそ旬が過ぎ
るのも結構早め。情報は常に流れ流れ流されて行く生物生物。
仮に万が一もしもの確率で噂になったとしても。『あの攻略不可
なクエストをクリアしたPCが居るらしい。』何て、ありきたり過
ぎる噂だ。
新規ダンジョンとかで、実際にはまだ突破者が出てないのに何処
からか『云々で突破者が出た。』と流れてくる位のテンプレ。
七十五日も持たねえだろうな。
とりま、これで二人からもう運営に連絡をせがまれる事は無い筈
だ。俺個人な事~ってのもさりげな~く仕込んだし。勝手にも動
かないでしょう。ふぅ。
「折角のボスドロが回収されんのもヤだしねー。」
「ですなぁー。」
インターフェースを開きながら頷き合う二人。
結局の所、二人は正しくゲームプレイヤー。藪を突いてオモチャ
を没収される位なら、多少の不具合には目を瞑る。ゲームバラン
スへ著しく影響を与えたり、悪質な不具合利用とかならまた別な
んだろうけどね。
んーそれにしてもボスドロか。あん時はマジで死ぬほどビビって
たから、いや死んでたんだけどさ。だからまあ確認してなかった
んだよなぁ。自分の取り分。
「(俺って何かドロップしてたのかな? アイテム、アビ、スキ
ルのどれかだとは思うんだけど……。)」
自身の身に起きた出来事にパニクりすぎて、そしてパニックでも
クエスト帰りにはちゃーんと倉庫へ手持ちのアイテムを放り込む
事を忘れなかった俺。現実から視線を逸らすのに必死過ぎて記憶
があやふやな所為もあって、イベント報酬があったのかどうか覚
えてない。
二人は覚えてない様子だけど、初回初討伐ではボスが何かしらを
落とす傾向だったので、多分あの時もあったんじゃないかな?
いや、確定って話しは無かったし……。んー後で調べて───
「三人揃って何してるんだ?」
「! お、相棒。」
「よう。」
考える俺の背後から聞き慣れたボイス。
俺達三人の所へ新たに来た人物は相棒。相棒は何時ものトレンチ
コートを椅子の背凭れに引っ掛け俺の隣の席へ着き。
「ブルクハルト殿。」
「こんこんブルブル。」
「ああ。」
玉蜀黍やリュゼらと挨拶を交わす。
「それで。三人集まって何してたんだ? 何処へ行く相談中か?」
「あ、そだ。ブルブルも聞いてよ。」
「何だ?」
「お知らせにね───」
リュゼが今まで何を話していたか。それをかいつまんで相棒へと
説明。話を聞く途中、相棒が一瞬俺へ格好良い苦笑いを一つ送っ
てくる。
そうだよ、話をすり替えたりして無理矢理に濁したんだよ。
「───ってルプスは言うの。どう思うブルブル?」
「良くない事ではあるが、この規模のVRMMOであれだけ大規模なイ
ベントだ。それで目につくのがそれ程度なら、良くやってる運営
だと自分は思うな。報酬も無いなら別にと流して良いんじゃない
か?」
「ブルブルもかー……。そっか、そうよね~。後でレイナにも話
そーっと!」
簡単にあしらうなぁ相棒。まあそれも俺が下地作ったお陰だけど
ね!
「話も良いですが、折角皆でこうして集まったのですから。
何かしようではありませんか。」
「さんせー。」
話が一段落したので、玉蜀黍が何かしようと提案する。
俺は金策でちょっと疲れたから遠慮したい所、だけど。MMOの醍
醐味はやっぱPTプレイっしょ。ずっとソロで周回してたし、別腹
のPTプレイを楽しむのも悪くない。
「良いんじゃね? んで相棒さんのご予定は?」
「自分も別に構わない。行きたい所に付き合う。」
「うい。」
相棒の予定も問題ないらしい。決まりだな。
「ならならさ。あのダンジョンとかは?」
「あーのダンジョンでござるか?」
「いや何処だよ。つかモロコシはぜってー通じて無いだろ。」
「前に未告知で新設されたとか言う所か?」
「そそ! アレ気になってたの!」
「えぇ相棒さんも通じちゃうの? あれもしかして?俺だけ付い
てけてないのこれ?」
「んーでも今は拙者、ダンジョンよりも───」
リュゼの案を皮切りに、玉蜀黍とリュゼが中心と成って行き先や
目的を話し合う。あー……この、冒険に出かける前ってのは何で
こんなに楽しい時間なんだろうなぁ。
さて、俺もそろそろ話し合いに参加しよっかな。
「じゃあそこへ行くなら───」
「あの、ルプス様。」
「───ほあ?」
皆の意見を元に行き先を決めようとした矢先。突然真後ろから自
分を呼ぶ声が聞こえた。俺は背凭れに頭を乗せる様にして後ろを
確認、すると其処に立って居た人物。
「! ふふ。こんにちは、ルプス様。」
この酒場で働く女性店員さん達と同じ服装の女性。彼女は少しだ
け驚いた様子を見せては、優しく笑う。笑顔の似合うブロンドの
お姉さん。確か、確かこの女性NPCは……。
「リストゥルンさん!」
「ああ。名を覚えていてくれたのですね。光栄です。」
「も~ちろんですよ。ハハ。」
そりゃあの時はとんでもない事態だったし。……思えば俺とんで
もない出来事に遭いすぎじゃない? ってそれは今どうでも良い。
直ぐに綺麗な回転で椅子から立ち上がっては女性NPCと向き合う。
勿論腑抜けた面からイケてる面にチェンジしてだ。
「急にどうしたのアレ?」
「ほら、ルプス殿はNPCにお熱でありますから……。」
「ああ。ILNP.Cだっけ? 仮想恋愛主義とか二次元彼女って
ヤツ?」
後ろで玉蜀黍とリュゼが何か小声で言ってるが、知った事か。
此方の方が大事大事~!
「で、何か俺に御用ですか?」
「ええその……。」
「?」
それまで笑顔だった女性NPCは突然口を開き固まったてしまう、
かと思えば“パクパク”と口を動かしたりと。バグみたいな動き
を此方に見せて来た。ついさっきまで不具合の話をしていたので
“やっべこれバグじゃね?”と思っちゃう心臓に悪い動作だ。
いやまあ動悸以前に今の俺に心臓があるかどうか疑問だけど!
……これは結構良いブラックジョークなのでは? とか適当浮か
べていると。
「んんっ。あの、ですね。」
「はいはい。」
「こ、この前のお約束通り。もしよろしければ買い物にお付き合
いして欲しい、かなって……思いまして。それで声を、はい。」
「!!!(こいつぁ好感度イベントだぁーーーーーー!)」
控えめに笑う女性NPC。ふ、つくづく最高だなぁ此処はようぅ!
幅広いプレイヤー達のツボを心得たモーションに感慨をひしひし
と感動していると。玉蜀黍が俺の後ろから声を飛ばす。
「生憎ルプス殿はこれから拙者達と冒険に出かける所でして。」
「あ、そうだったのですね。では改めて───」
「いえいえいえ、いいえ何の問題もありません!」
余計な事を言った玉蜀黍を一度睨み、そのままテーブルに着く仲
間たちへ振り返り。
「俺此方行くから。君たちは君たちで楽しんで来なさい。」
「何と!? 先約は拙者達ではありませぬか!」
「そうだそうだー! 思い出がどうのって話はどうしたのよ!」
「シャアァァァアラーーーーーーーップ!」
「「!?」」
頷きながら小煩い二人へ大切な事を告げる。
「確かに思い出は大事だ。でもだからこそ好感度イベントも
俺は、大事にしたいんだよ。」
「多分だが。今お前が言いたいと思った事と、思ってた本音が逆
で口を出てたぞ。」
別段驚きもしてない相棒からツッコミが届く。おっと興奮しすぎ
たか。
「あー詰まり。お前らとは何時でも遊べる、此方は不定期イベン
ト。どっち取るか明々白々。オウケーイ?」
「「えぇーなにそれー!」」
「つってもまあ先客だったのは確かにそっちだったから、これは
貸しって事にして良いよ。今度好きなの手伝うからさ。」
「ホント? じゃあ面倒なクエストアイテムの収集やらせよっ
と!」
「拙者は見返りなど必要ありませんが、どうしてもと言うなら拙
者にも集めて来て欲しい物が無い事も無いでござ。」
「おーおー無料で使えるPCと成ると現金だなー君達。」
我儘言ったのは此方なので仕方ない。すっかり俺をこき使う気の
二人から視線を相棒へと移し。
「悪い。良いかな?」
「何時もの事だ。自分は構わないさ。」
「理解のある相棒で助かります。」
「だが此方も貸し一だぞ。」
「へへぇー……。」
相棒へうやうやしく頭を下げて見せては。
「んじゃ。行きましょっか。」
「あ、は、はいっ。」
「じゃなー。」
俺はテーブル席の面々へ手を振り。
「またねー。」
「ルプス殿、後で詳しくお話を!」
「……。(無言で手を振る相棒。)」
仲間たちに見送られながら、俺はブロンドの女性NPCと
酒場の外へ。
彼等と分かれNPCの好感度イベントへと赴く───
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