朱記

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 掛屋 小路(かけや しょうじ)は幼少の頃より特に秀でたものもなく平々凡々に暮らしていた。小中高と地元の学校にて過ごし、そこでもこれと言って成績が良いわけでもなく、かと言って悪いわけでもなく、友の数も浅く広くと普通に生活していた。普通という言葉がこの者の為に生まれてきたと言っても過言ではないくらい、周りもしっくりと彼を普通として扱ってきた。   しかし、その普通も長くは続かず、高校を卒業してから就職はしたもののすぐに辞めてしまった。今まで過ごしてきた普通という環境が彼を受動的な人間にしたのだろう。そのために彼は会社から腫れ物扱いを受け、そして職を失った。  それからの日々は見れたものではなく退職金を使い酒、女に溺れ自堕落な生活を送った。誰もその面影に普通という二文字を思い浮かべることは、もうできないだろう。  その日は退職金がなくなったのか、いつものように酒に溺れたのか、女に愛想を尽かされたのか、彼はフラフラと歩いていた。周りから見ればいつもと変わらない無職の通行人B。しかし、何を血迷ったのか赤信号なのにも関わらず、彼は横断歩道をその千鳥足のような頼りのない歩みで渡っていた。  結果は見るまでもないだろう。信号と同じように赤く染まった横断歩道と、遠くから聞こえる救急車の音が全てを物語っていた。急ぎ病院に搬送され諦めまいとした医師により一命を取り留めることはできたものの彼に生きようという意志は見られなかった。  ある時、診察に来た看護師が病室に行くと彼の姿はなかった。窓が開きカーテンがなびいているところを見るとそこから脱走したかのように思える。急ぎ捜索の連絡をしたが彼の姿は未だに見つかってはいない。その後、掛屋小路を見たものは誰もいないという。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!