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「で?」
「…で?って何?」
「何じゃないでしょ?逃げた後は?連絡とかないの?」
「ない…よ?」
可愛い顔を下に向けて郁は言う。
「何で逃げちゃうかなぁ?せっかく、言えたのにぃ!!」
「だって無理だもん!!静は?社長がわざわざ静のとこ行ったんだよ?」
「わざわざ?偶然でしょ?」
「……静。」
今度は郁が箸で摘んでいたトンカツを落とした。
「わざわざだよ?私が二人組の話して、心配してたら早く言えって速攻で店を出て行ったんだから!お礼ちゃんと言った?」
「い、言ったと思うけど…偶然だよ。だって、うちの最寄駅の前で会ったんだよ?タクシーだったし…。」
「ん、タクシー拾って直行したんでしょ?じゃなきゃ間に合わないじゃない?今の社長ってさ、久我でしょ?覚えてる人少ないかもしれないけど、ここにいたの一年だし?研修終わりの飲み会の時、静の事送って行ったから駅位覚えてるでしょ?」
郁に爆弾を落とされて、静はゴン!とテーブルに頭を付けた。
「え?しず?」
「お、…。」
「お?」
伏せたままの静の言葉を郁は待った。
「送ってもらってないから!く、がなんて知らないし、覚えてないから!いい?郁、二度とその話しないで…もう、お願いだから!」
顔を上げた静のおでこが赤くて泣きそうな表情だったから、迫力負けもあり、郁は承諾の返事をした。
「…う、うん。分かった。でもさ?あの後、久我、静を探して人事課に頻繁に顔出してたよ?」
「久我…が?」
「うん。静、昼になるといなくなっちゃうし…。あの頃は私ともすれ違いが多かったしね。一回は教えたよね?覚えてる?」
遠い過去の記憶を辿った。
確かに、久我が来ていたとは聞いた覚えがあった。
(誰に会いに、とは聞いてない…。)
人事課にはただでさえ、人がたくさん訪れる。
外部ではなく、内部の社員が…だ。
久我が来ていたと言われても、人事の用事としか思わない。
「そっかぁ……来てたのか。」
思わず呟くと心配そうな郁の顔が見えた。
「なんか…だめだった?感じ?」
「ううん、違うよ?そういう運命だったんだよ。」
明るく言い、戻ろうと郁に笑顔を向けた。
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