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「お早いお戻りですね?給湯室に顔を出さなくても…真っ直ぐにお部屋に歩かれて大丈夫ですよ?秘書ですから…。」
「気付いてなかっただろ?」
じーっと見られて挙動不審になった。
「あ、ま…そうですけど…しゃ、社長が部屋に入られたら分かります!扉の音が致しますから…。」
「……そうかぁ?そうは見えなかったけどな?」
意地悪な笑顔を向けて言う。
その顔はたった二日間、声を掛けられて振り向くといつもそこにいた顔だ。
意地悪だったり親切だったり、だけどいつも笑顔だった。
久我冬夜はいろんな意味で、静の印象に残る初めて担当した新入社員だった。
(あ、あんな事さえなければ……。)
あんな事さえなければ、今でも社長就任を心から喜び、おめでとうと正面を向いて言えたはずで、懐かしい研修時代の話もチクリと虐めながらお互いに笑顔で出来た筈だったのだ。
それを思うと少し悔しさが込み上げた。
「本当か?本当に!…か?」
疑いの目を向けられ強調された。
「っ本当です!!お部屋に…お戻り下さい!本当に!ドアに打つかったのは私の落ち度で社長に責任はございません!後から社長を責める事も致しません!お約束致します。ですから…ですからどうか、もう忘れて下さい!早く…お部屋に……午後のスケジュールが詰まっております。」
大きな声で感情的に言い、最後は冷静さを取り戻して小さな声で呟いた。
(忘れて!全部…お願いだから…謝られる位なら軽く見られてる位なら忘れて…。)
「……………分かった。書類を取ったらすぐに出る。第一会議室で良かったよな?」
暫くの無言の後、訊き返された。
「…はい。第一会議室です。よろしくお願いします。」
流しから手を離して、ゆっくりと頭を下げた。
冬夜社長はゆっくりと社長室に入って行った。
給湯室と言っても2畳ほどの小さな造りで、秘書室の隅に小さくある部屋で、秘書室からは丸見えで、社長室へと通過する人は見える位置にある。
秘書室に冬夜社長が入って来た事に、気付かなかった失態を呪った。
(やっぱり秘書なんて無理!心臓がもたない……もう…疲れる。)
敬会長に会える機会を何処かで見つけようと考え始めていた。
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