ぬる、ぬる、ぬる。

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「僕を殺すなら、できるだけ苦しくないようにやって欲しい。おじさんなら、僕の首の骨くらい折れるんじゃないの」  戦うだけ、無駄だ。あのヤクザ以外も全員同じことを考えるはず。 「ぼ、ぼうや……でも」 「お前を犠牲になんて、そんな……」  OLとおじさんは、躊躇いがちにそんなことを言うけれど。結局結論は同じなのだから、あまり良い人のフリをしないで欲しいと思う。結局このままなら、全員力尽きて死ぬのを待つばかり。それならば、早いうちに――恐ろしいものを見る必要もなく最初に死んでしまった方が楽というものだ。 「いいよ。この世に未練もそんなにないし。さっさとやって」  僕が告げると、ヤクザ男が嘲笑した。殊勝な心がけだなあ!と言いながらベルトを引き抜き、それを両手に握って近づいてくる。  あれで首を絞める気なのだろう。できれば窒息死は嫌だが、手段が少ない以上仕方ない。それにあのマッチョそうなあの男ならば、うまくいけば力加減次第で僕の首を折って即死させることもできそうだ。 ――本当に、馬鹿な人達だなあ。  首に、ベルトが巻き付く。最後に見たのは、気まずそうに視線を逸らすOL、女子高校生、おじさん。そして睨むようにこちらを見ているおばさんの姿だ。  彼らは、気づいているのだろうか。このゲーム――最初から既に“詰んでいる”ということに。 ――誘拐犯は、僕らを誰ひとり生かして帰す気なんかないよ。だって……誘拐犯は何て言ったよ? 『そこに、バケツと刷毛がありますね?それで、四枚の壁のどれでもいいですので、一枚を隅から隅まで違う色に塗って欲しいのです。真っ白で、とても味気ないので。お願いはそれだけです。やり方は皆様におまかせします。それでは、ご健闘をお祈りします』  何人分の血があれば、壁一面を塗れる分量に達するというのか。子供ひとりで足りるなどと本当に思っているのか。  そもそも、天井まで、どれだけの高さがあるのか。はしごもなく、六人肩車なんてことができても到底届く高さではないのなら。――最初から不可能なのである、一枚の白い壁を、隅から隅まで血のペンキで赤く塗る、なんてことは。  彼らは気づいていない。どうせ死ぬのなら最初に死んだ方が、遥かに楽に終わることができるということに。死体と血と排泄物の山に埋もれてから、絶望して独り死んでいく方が余程地獄だ。 ――いいよ、どうせ。……いじめられて、毎日罵倒されるばかりで。死ぬつもりで、川に向かって歩いてたんだから。その方法がちょっと変わっただけで、どうってことない。  誘拐犯は、どこまで見越していたのか。自分が率先して命を差し出すことを、その後の他の連中の絶望をも見越していたとしたら――とんだ悪魔ではないか。  酸素が少なくなる頭で、僕はゆっくりと目蓋を閉じた。最後に生き残るであろうヤクザ男が、どの段階で絶望に気づくだろうかと考えながら。
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