2. 調書:ある昼下がり

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2. 調書:ある昼下がり

平日の昼下がり。 男は遅めのランチを終えて勤務先へ戻るところだった。 駅の反対側へ渡る通路を歩いて行くと、地上へ下る階段の手前に一群の、制服姿の女子高生が見えた。 「募金をおねがいします」 毎年、この季節に行われている募金活動だ。 彼女たちはおそらく、課外活動の一環でボランティアをしていたのだろう。 男は人助けに関心がなかった。 ボランティアについても日ごろから、「偽善だ」と知人に言っていたほどだ。 普段なら間違いなく、見向きもしない。 この日、男はめずらしく募金箱の前で足を止めた。 「困っている方々がいます。募金をおねがいします」 5人並んだ女の子の着ているものが、近くの有名私立女子高(いいところ)の制服でなければ、男は立ち止まらなかったかもしれない。 中央で声を上げている、一番背の高い女の子が好みの顔立ちでなければ、近づくことなどなかったはずだ。 「お高くとまったお嬢様ばかりの学校だと思っていたけど、ボランティア活動なんてするんだ」 男は中高一貫の男子校出身で、高校生活を大学受験に捧げた。 10代後半を悶々(もんもん)と過ごしたせいだろう。 「女子高生とは、憧れが人の形をとったもの」と、完全に神格化していたようだ。 実際、男が20代後半になって付き合った女性は、未成年がほとんどである。 何人かの少女とは、青少年保護育成条例の規制に引っかかる行為に及んでいた。 じわじわ歩み寄る男に向かって、女子高生はボール紙で出来た募金箱を差し出した。 「こんにちは、募金をおねがいします」 男は急に立ち止まって、首を伸ばした。 目を見開いて、せわしなく左右を見回す。 無意識のうちに足が向いていただけなので、話しかけられた相手が自分とは思えなかったのだ。 男はにわかに嬉しくなった。 出会い系の待ち合わせでもなく、援交パーティーでもないからだ。 日常生活の中で、女子高生から声をかけられたのは初めてのことだった。
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