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最終話「勇者の凱旋」
メロスは戻る、必ず戻る。竹馬の友はそう言うと、陽も暮れる空をそっと見た。社長は時計の針を見ると待ち遠しげに視線を落とす。
応接室の扉が開き、満身創痍の人の子が「戻って来たぞ」と皆に言う。これにはゼウスも祝福か、陽暮れの赤を帯びたメロスは勇者のように輝いていた。
友と友の間に言葉はいらず、ただ笑って肩を抱き合うと、セリヌンティウスは隙をついて竹馬の友を張り倒す。
「お前、お前、本当に説明しろよな。本当、マジで、ネタじゃねぇからな。遺書とか書いてんじゃねぇよ、心配したじゃねーぁぁ!」
否、言葉は必要だったらしい。
メロスはごめんと謝り油断させると、隙をついて竹馬の友を張り倒す。
「いや、君も君だ。私を信じられないとは何事か、定期預金など解約しおってからに。そんな必要、あるわけないだろうがーーぁぁ!」
罵りあう二人を旭西金融社長、ディオニスは穏やかに見つめていた。彼にはこの友情を分かち合う資格がない。
遅れてやってきたセリヌンティウスの妻ですら、かける言葉を見失っている。
しかし、ディオニスは海千山千の社長である。物事の機微を理解し、運命を手繰り寄せる経営者の力をここぞとばかりに発揮した。
まずメロスの借金を清算し、応接椅子に座らせ、道中での出来事に耳を傾け、時折頷いた。
200万の借金を待ってもらうために120万の担保を用意し、それでも足りなければ支払い能力のある保証人を立てるという流れは、流れだけ見れば至極真っ当である。借り換えローンで借金の金利を下げるのも、信用ある身内の職場で借り入れを行うのも、身内からすればはた迷惑な話ではあるが、金を借りる。その一点においては正しい判断であった。
また担保として用意した120万は数年がかりでコツコツと貯めた金だと言う。一定の計画性は持ち合わせていると見てよいだろう。
この男、今でこそ少々頭が足りないが、きちんと社員教育を施せば列車のような猛然さと強い決断力を発揮して、ゆくゆくは社会を牽引して行く人材となるのではないか?
そうとなれば後は早い、ディオニスはうちで働く気はないかと、話を持ち出した。
当然、メロスはリボ払いの片棒など担げぬと言う。リボ払いは人を不幸にすると。
ここでリボ払いを止めないのがディオニスであった。リボルビング払いは何の法にも触れてはいない。つまりは単に使い方の問題である。と切り出して続ける。
仮に、わしがリボ払いを止めたところで、他のクレジットカード会社がリボ払いを止めるわけもない。そうなれば、どこか別の場所で、リボ払いの使い方を誤って、自己破産する人間が出るだけである。
ならばお前が先頭に立ち、リボ払いに近づいた人間に正しい使い方を啓蒙するべきではないか。お前の正義はどこに在る? お前の正義は、無限に現れる敵を、短剣で刺して回り荒野で果てることか。それとも、弱者に知恵を与え、生きる力を育てることか。この先も道はまっすぐではない、成すべきことを成すのだ。答えてみせよ、お前の正義はどこにあるのだ。
メロスはその言葉の意味を半分も理解できなかったが、しかし、強い感銘を受けた。これほど力強い言葉が間違いである筈が無い。
二つ返事で了承すると、遂にメロスは社員になった。
ディオニスは猛烈な前進力を持つ上に、容易く制御できる人材を手に入れたとほくそ笑んだ。だが、彼はまだメロスの厄介さを何も理解していない。メロスは確かに列車のような前進力を持つものの、その実体は暴走列車のそれである。制御など、誰にも出来うるわけもない。未来においてディオニスは何度となくこの選択を後悔することになるが、それはもう少し先の話である。
ひとりの人妻が、「おめでとう」とハンドタオルをメロスに捧げた。メロスがまごつくと、佳き友はメロスに教えてやった。
「メロス、君は、ずぶ濡れじゃないか。早くそのタオルで髪を拭くがいい。私の妻はお前に風邪を引かれるのが、たまらなく口惜しいのだ。」
勇者は、人妻を見ると、ひどく赤面した。
――終。
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