第三話「連帯保証人、セリヌンティウス」

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第三話「連帯保証人、セリヌンティウス」

 富田林メロスは積もり積もった借金が200万円を超えたことをコールセンターからの電話で知ると、早朝クレジットカード会社の在るビルに乗り込んだ。  アポイントメントなしである。たちまち彼は巡邏の警備員に捕縛された。調べられてメロスの懐中から120万もの大金と遺書が出てきたので、騒ぎが大きくなってしまった。メロスは、社長の前に引き出された。 「本日はどのようなご用件でしょう。」旭西金融社長ディオニスは静かに、けれども威厳を以て問いつめた。社長の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。 「町をリボ払いから解放しろ、リボ払いは人を不幸にする。」メロスは悪びれずに答えた。 「おまえが言うか?」敬語も使わず、社長は憫笑した。「仕方のないやつだ。おまえには、わしの孤独がわからぬ。」  社長は既に限界だった。頭を抱え、髪をかきむしって続ける。 「散々リボ払いを使っておいて、借金が膨らみ、首が回らなくなると途端駄々をこねる。入会時に送付しているご利用のしおりにも、ダイレクトメールで定期的に送付しているチラシにもリボ払い使用時の注意を記載しているはずだ。おまえたちが規約さえ……規約さえ読んでくれれば。」 「言うな!」とメロスはいきり立って反駁した。「人の心を惑わすのは、最も恥ずべき悪徳だ。社長は、客が愚かであることを理解している。知りながらリボ払いを広めているのではないか。」 「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。」  社長、ディオニスの脳裏にかつての現実が悪夢となって広がっていく。 「人の心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかたまりさ。金を借りる時は土下座するくせに、返す段になるとつけあがる……。信じては、ならぬ。」  先刻も顧客のクレジットカード情報を盗もうとした社員を処罰したばかりである。今のディオニスには信じられる者がいない。人のすべてが敵のように思える。  社長は落ち着いて呟き、ほっと溜息をついた。「わしだって、平和を望んでいるのだが。」 「なんの為の平和だ。自分の地位を守る為か。」こんどはメロスが嘲笑した。 「弱き者から搾取して、何が平和だ。」 「だまれ、コンビニバイト。」社長はさっと顔を挙げて報いた。「口ではどんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、入金日になってから、待ってくれと言ったって聞かぬぞ。」 「ああ、社長は悧巧だ。自惚れているがよい。私はちゃんと支払う覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、メロスは足もとに視線を落とし瞬時ためらい、「ただ、私に情をかけたいつもりなら、夕方まで待って下さい。隣町で金利の少ないカードローンを即日発行し借金で借金を返したいのです。」 「ばかな。」と社長は、嗄れた声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うわい。今時カードローンなどネットで24時間いつでも申し込める。それどころか駅前のATMで引き落としすらできるというのに」 「隣町でないとならないのです。」メロスは必死で言い張った。「私は約束を守ります。私を、ほんの少しだけ信じて下さい。カードローンが私を待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この白洲町に常識セリヌンティウスという正社員がいます。私の無二の親友だ。あれを、連帯保証人としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、今日の日暮れまで、ここに返って来なかったら、あの友人に借金を払わせて下さい。たのむ、そうして下さい。」  それを聞いて社長は、残虐な気持で、そっとほくそ笑んだ。生意気なことを言うわい。どこに好き好んで連帯保証人になるやつがいるのか。どうせ来ないに決まっている。  メロスが携帯電話の通信アプリでセリヌンティウスを呼びつけると、瞬く間に男が現れた。 「おい、どうした。何があった! メロスは無事か!?」  竹馬の友、セリヌンティウスである。セリヌンティウスがメロスの無事を確認し胸をなで下ろすのを見ると、社長ディオニスは忌々しげに告げた。 「願いを、聞いた。この者を連帯保証人とする。日没までに返って来い。おくれたら、その身代わりに借金を負わせるぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの借金は、それで帳消しになろうぞ。」  状況を飲み込みきれないセリヌンティウスの言葉が溢れる。「えっ、何だ? どういうことだ?」社長はメロスに続けた。「友情を、信じる心を、見せるというのか、面白い。」物語はセリヌンティウスを置き去りにしたままどんどん進んでいく。机に置かれた120万ほどの札束がなんとも怪しい。 「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」  社長ディオニスの面前で、二人の友は二ヶ月ぶりに相逢うた。メロスは、友に一切の事情を語らず、セリヌンティウスは困惑してとりあえず頷き、メロスはひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。  メロスは、すぐに出発した。晩夏、入道雲の浮かぶ青空である。  後ですべてを知ったセリヌンティウスは口惜しく、地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。 次回「メロスと走り出す列車」みんな、読んでくれよな!
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